イケメン富豪と華麗なる恋人契約
六年前の三月。
日向子が高校を卒業した年、彼女たちは住み慣れた家と両親を失った。

一家が住んでいたのは古い家が密集している地域で、隣の家とも生活音が聞こえるほど近接して建っていた。父、三輪新太郎(みわしんたろう)が子供のころから住んでいた家で、六年前で築五十年以上は経っていただろう。

深夜の火災……だが、その夜、日向子は家にいなかった。
高校卒業後はそれぞれの就職や進学の都合で、友人たちとはなかなか会えなくなる。卒業祝いも兼ねて、ひとりの友人の家に泊りがけで遊びに行っていたのだ。

日向子の携帯電話が鳴ったのは、夜中――というより、すでに朝方の五時過ぎ。
四人の仲のいい友人と遅くまでたわいない話を続け、眠ってから三時間も経っていなかったはずだ。
しかも、かかってきたのは見知らぬ電話番号。

日向子は少し迷って電話に出た。

すると、電話の向こうから聞こえてきたのは、当時小学二年生の弟、大介(だいすけ)の泣き声で……。


『姉ちゃん……家が、燃えて……父さんが……母さんが……』


そのあとのことは、ところどころしか覚えていない。

なにも考えることができず、気づいたときには都内の病院にいた。

友人の親の車で送ってもらったらしいが、その辺りの経緯はなにも思い出せない。
無機質な病院の廊下を、病院関係者が忙しなく動き回っていた光景はしっかりと記憶にある。遠くから救急車のサイレンが聞こえてきて、日向子は逃げ出したいほど不安だった。

警察の人に案内され、廊下を歩き、行きついた先にベンチがひとつ。そこに座った小さなふたつの影が、日向子の姿を見るなり、弾かれるように立ち上がり、『姉ちゃん!』と叫んで飛びついてきた。

いつもは生意気な大介が、堪えきれなくなったように声を上げて泣きだす。そんな兄の泣き声に引きずられたのか、四歳だった晴斗も泣き始めた。


『火が出ていることに、お父さんが真っ先に気づかれたようです。お母さんはすでに、煙で動けなくなっておられたらしく……。眠っていた息子さんふたりを抱えて外に飛び出し、ご近所の方にお願いしたあと、お父さんはお母さんを助けに戻られて……』


警察から受けた説明では――消防車の到着前に、父は母、朋子(ともこ)を助け出そうと火の中に戻って行った。到着した消防士が家の中に飛び込んだとき、父は力尽きたように母とともに廊下で倒れていたという。

その日のうちに、両親は息を引き取った。せめてもの救いは、一時間も違わずに逝ったことだろうか。

出火原因は漏電だったと聞いている。
親戚のいない姉弟の面倒を、しばらくの間みてくれたのは、司法書士だった父が勤めていた事務所の所長、内田(うちだ)だった。
内田は火事の後始末から両親の葬儀、保険等の細かな手続きに至るまで、すべて手配してくれた。

あらゆる清算を済ませ、日向子たちの手元に残ったのは……新たに家を借りて、必要最低限の家財を揃え、数ヶ月暮らす程度の金額だった。


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