借金のカタに取られました
まとわりつく過去と、開ける未来
 海外渉外部へ異動となって、早二年が過ぎた。

千那は二十二歳、航平は三十四歳になった。

その間、千那の心配していた航平の女の陰は見えず、平凡だが幸せな毎日が続いていた。

そんなある日、月一度の全体朝礼が行われた。

今回発表されたのは、現在の自社ビルから、徒歩十分のビジネスホテルを買い取ったという発表だった。

ビジネスホテルは経営に行き詰まり、それを箕島コーポレーションが買い取ったらしい。元々ビジネスホテルの社長と航平は知り合いらしく、安く手に入れたというもっぱらの噂だった。

海外の顧客が多い我が社は、日本に来る顧客に対して宿泊料金の大幅割引を実施し、更に新規でビジネスの交渉で、来日する企業にも、この割引を適用し、ビジネスを活性化する狙いもあるとの事だった。

そこで、このビジネスホテルで働きたいという希望者を社内で募集するという旨の話であった。

募集する職種はコンシェルジュとフロント、支配人で、希望人数が多ければその中から選抜するとの説明だった。

調理や清掃は専門の業者に依頼するらしい。

それを聞いて、千那の心は少し揺らいだ。

箕島コーポレーションに入社して総務部で二年、海外渉外部で二年働いてきた。

また違う仕事もしてみたいと思う気持ちと、ビジネスホテルならば、総務部での仕事も海外渉外部での仕事も活かせるのではないかと考えたからである。

それに顧客がこのホテルを利用すれば、顔を見て仕事が出来ると思ったからで、今の部署では取引先とは時差もあるので、メールでのやりとりが主で、直接英語で会話するのは少なかった。

学生の頃は他人とのコミュニケーションが苦手で、接客業なんて考えても見なかったが、実は、コミュニケーションが苦手なわけではなく、ただ、コミュニケーションを自らしてこなかったことに気づいた。

会社で働くようになってから、色々な人との付き合いが楽しく、学べることも多く、今まで殻に閉じこもってきた自分を悔いた。

過去の事はもうどうにもならないので、これからは多くの人とコミュニケーションを取り、色んな事に係わっていきたいと強く思い始めていた。

日本人に限らず、外国人もその対象であり、今回は大きなチャンスであることは間違いないだろう。

さっそく千那は航平には相談せずに、これに応募してみることにした。

内緒で応募しても、会社の社長は航平で、ばれてしまうのはわかっていたが、報告したとしても、結果は同じだろうと思い、言わなかった。

社内の発表では、このホテルのコンセプトは高級ビジネスホテルで、規模はビジネスホテル並みだが、施設やサービスは高級ホテル並みにするとの事だった。

その為、コンシェルジュも常備させて、観光だけではなくビジネスのお手伝いも出来るようにするらしい。

客室の他には、オープンオフィスのスペースや、会議室も設置し、大浴場やサウナ、レストラン等、旅行者も楽しめるようにすると言うことだった。

一ヶ月後、社内の掲示板に合格者が張り出された。

噂では、結構な数の応募者があったらしいと聞いた。

応募者の内、合格者は支配人一名、フロント係三名、コンシェルジュ二人の計六人だった。

その中のコンシェルジュに、千那の名前が書かれていた。


 その夜、カズさんと三人で食卓を囲む。

「千那、おめでとう。コネじゃないから安心しろ。公平に書類審査をやった結果だ。流石にお前が応募したと
知って驚いたけどな」

書類審査には、応募した動機や意気込みだけではなく、ビジネスホテルの運営に対する提案や展望のレポートが必須だった。

その為、世界中の有名ホテルの特徴やサービスを調べあげ、何が必要なのか、改善点は何なのかを自分なりにまとめる為、応募するまでの間に、図書館に通っていた。

「ありがとうございます。一生懸命頑張ります」

二人の会話を嬉しそうにカズさんが聞いている。

「随分前ですが、私もホテルで働いていましたけど、変化のある毎日で楽しかったですよ。四季も感じられますし、学びも多いです」

それを聞いて航平は

「じゃあ、カズさんにも働いて貰おうかな」と言うと

「時給、高いですよ」と笑う。




これで良かったのだ。

成人式から二年。千那はやりがいを持って働いている。

それだけではなく、上へ向かって、努力もしている。

高校生から習わせた習い事も、どれ一つ、折れることなく、続けていて、身に付いている。

コンシェルジュの仕事に応募したことを牧田に聞いたときには、正直驚いた。

コミュニケーション能力はついたといっても、まだまだ引っ込み思案な方だったからだ。

千那は、自分で変わろうとしているのだ。

あれだけ色んなものを諦めてきたのに、貪欲に取り組むようになっている。

自分へ気持ちが向いていると思った時期はあったが、今では、そんな素振りが見えない。

やはり、恋愛初心者によくある、一過性の物だったのだろう。

それに、自分の千那への複雑な思いも、気のせいだったと思える。




 ビジネスホテルは改修工事に入っている。

異動が決定した六人で、現場見学が行われた。

会社から徒歩十分程なので、取引先の顧客には便利だし、地下鉄の駅も近くビジネス街の為、立地的には最高だ。

小さな部屋が沢山あるが、繋げて大きな部屋を何室か作り、最上階には大浴場やサウナを設置し、一般の方も利用
できるレストランもオープンすると説明があった。

通常、ビジネスホテルのフロントはシンプルだが、ここのホテルは一流ホテル並みに豪華に改装され、ゆっくりと寛げるスペースも設けると言うことだった。

その後、それぞれの業務についての説明が行われ、今後行われる研修の日程や内容についての詳細を聞き、その日は終了した。

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