借金のカタに取られました
 警察署を出たのは、すっかり暗くなってからだった。

両親は被害届を出さずに、弁護士を通して示談を申し込んできた。またお金を取るつもりだ。

警察では身元引受人の航平がやってきて、両親と私との関係を詳細に説明してくれて、解放された。

警察署の前では航平が待っていた。

「ごめんなさい」一番迷惑を掛けたくない人に、迷惑を掛けている悲しさで、それを言うのが精一杯だった。

「罰だ。今からお前をビンタする」と意外な言葉が飛び出す。

「え?」と驚いていると

「この間のビンタの貸し、これでなくなったからな」と言った航平の笑顔を見ると、涙が溢れた。

航平は千那を強く抱きしめて

「泣くなよ。お前一人で解決しようとするな。これからは俺に話すんだぞ」

それ以上何も聞かない航平に優しさを感じる。



 翌朝、いつものように朝のニュースをチェックしていると、とんでもないニュースが目に飛び込んできた。

「ホテルミノシマの従業員が、両親を殴打し逮捕」

目の前が真っ暗になり、血の気がひく。

気づいたら家を飛び出し、車に乗り走り出していた。

カズさんが呼びかけてくれたのは聞こえたが、それは車に乗り込んでからそう思っただけで頭は混乱していた。

あんなニュースが出てしまっては、航平の会社にダメージを与えてしまう。

ホテルはイメージが大切で、従業員が殴打事件を起こすなんてとんでも無いことだ。もう終わりだ。

ただこの生活を守りたかっただけなのに、航平に迷惑をかけたくなかっただけなのに、やることなすこと裏目に出てしまっているのではないかと絶望感が襲う。

カバンの中の携帯電話が鳴り続けているが、無視し続けた。

目的も決めずに走り続けて、窓の外を見ると全く知らない景色が広がっている。

随分遠いところまで来てしまったようだ。

緑の多さと、人の少なさで、田舎であろうことは、想像できた。

一体どこまで来たのだろう。冷静さを少し取り戻してカーナビを見ると、新潟県まで来たと知り驚く。

着信履歴を見ると、航平からの呼び出しがズラリと並んでいた。

「航平、ごめんね」絞り出すように声を出すと同時に、スマホの画面に涙が落ちる。

何時間、車の中で居ただろう。

海をじっと眺めていたら日が落ち始めていた。

海に溶けていく様子を見ていると、自分もこのまま溶けてなくなってしまいたいと思う。

航平には言葉で言えないくらい、お世話になってきた。

それなのに、こんなことになってしまいどうしたらいいのかわからない。

でも、ここに居ても仕方がないし、これから先の事を決めよう。

これ以上、航平に迷惑を掛けることは出来ないし、会社にも居られないだろう。東京に帰って家を出て一人で生活しよう。

これで、航平とも離れられる。一緒にいるから苦しいのだ。もう充分過ぎるほど、色々なものを与えて貰った。これからは自分の力で生きていこう。

ずっと、自分一人で生きてきたのだ。元の生活に戻るだけだ。失うのではない。元に戻るだけ。




朝、起きてくるとカズさんは慌てた様子で

「千那さんが、突然出て行かれました。どうしたのでしょう?」

すると、携帯が鳴る。

牧田からだった。

「社長、ニュース見てください。千那さんのことが、報道されています」

慌てて、テレビのスイッチを入れる。

事件現場にリポーターが立ち、殴打事件のことを説明していた。

カズさんも、横で真っ青になっていた。

「牧田、会社のことは任せた。俺は、千那を探しに行くから」

牧田は力強く

「こちらは心配しないでください。必ず、連れ戻してください」と言ってくれ心強さを感じた。

カズさんは、おろおろして、半泣きになっている。

「カズさん、しっかりして。必ず連れ戻すから、家で待っていてください。連絡があるかもしれませんので、お
願いします」

消え入りそうな声で

「はい……」とぽつりと応えた。

すぐに航平はマンションの一階にある駐車場に急ぐ。

携帯を取り出し、千那のGPSを探す。

現在地を示す、その赤い点は、どんどん離れていく。

粗っぽく車を発車させて、確認した位置の方角へ急ぐ。

運転しながら、今までの出来事が脳裏をかすめていく。

初めて千那の家に行ったときは、部屋の隅で小さく丸まって座っていた。

手首を掴んだとき、あまりの細さに胸が痛くなり、出来るだけのことをしてやりたいと思った。

三人で食事をしているときは、いつも、ニコニコと嬉しそうに食べていた。

勉強を教えたときは、真剣な眼差しで、一つも聞き漏らさないように、聞いていた。

成人式の日、着物姿が眩しくて、美しかった。

結婚していないと告げた日、見たこともない寂しい目をした。

いくら、車を走らせても、赤い点は離れていく。

「一体、どこまで行くんだよ」

この気持ちは何なのだろう。

苦しくて、張り裂けそうだ。

その時、美礼の言葉を思い出す。

『もし、女の人と別れることがあったりした時、絶対に離したくない、離れたくないって思ったら、必ず引き留めてね。それが好きだと言うことだから』

千那のことが、好きなのだ。

妹や保護者の感覚だと思っていたが、それは自分の気持ちを誤魔化すために、そう思いこんでいたのかも知れない。

このまま、千那を失うくらいなら、今の財産や地位を失うよりも、ずっと辛い。

そんなもの、また頑張れば、手に入る。でも千那の変わりはいない。

これが、人を好きになると言うことか。

位置を確認すると、赤い点は同じ場所で停止しているようだ。

地図を確認すると、海の側で、よからぬ事を考えると、息が吸えない。

「千那がそんなことするはずない。絶対に」

アクセルを踏み、千那を信じることに集中した。

「この辺りのハズだ」

車を停めて見渡すと、見覚えのある車の後ろ姿を見つけた。

ナンバーは「1213」千那の誕生日で間違いない。

車内に千那の姿を確認して、安心して身体の力が抜けた。


< 27 / 32 >

この作品をシェア

pagetop