例えば危ない橋だったとして

「……そろそろ、戻らないとな」

10分程が経過しただろうか。
黒澤くんがわたしに回していた腕の力を緩め、離れると恥ずかしそうに上を見上げ口元を手で覆った。

「カッコ悪いとこ見せちゃったな……」
「……かっこ悪いなんて、ちっとも思わないよ」

わたしはそんな彼の言葉も、仕草も、全部が愛おしかった。
黒澤くんが眉を下げて、わたしに微笑んだ。

無我夢中で此処まで来て、無我夢中で想いをぶつけてしまったけれど、彼が笑ってくれたのは、良かった。


「……明後日は、仕事行くから」
「……うん」

「今日はありがとう」
「うん」

葬儀会場の入口まで戻り、黒澤くんが照れくさそうに見送ってくれた。
わたしは微笑みを返して手を振り、会場を後にした。

真冬の夜の澄んだ空気を感じながら、一歩踏み出した。

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