マザコン彼氏の事情
「で、結局付き合う事にしたんですか?」

 月曜日、隣の席の吉田真保ちゃんから尋ねられ、「うん」と言ってしまったわたし。
 大っぴらに公表していいものかどうか躊躇したけど、龍くん、別に言ってもいいよね?

 みんなは龍くんの事をマザコンだって引いちゃってるけど、わたしはそんなの全然気にしない。
 金曜日の飲み会で、彼の事が好きだって知られたし、あの後送ってもらった事も知られてる。
 その後付き合う事になったといっても自然な成り行きじゃない?
 エッチを拒んだ事までは言ってないけど、寝ちゃったと思われてても全然平気。
 だって、わたしたち付き合ってるんだもん。

「岡嶋さんも、マニアックですね」
「えっ?」
「誰も、超マザコンの彼氏なんか作りませんよ」
「超って、それ、みんなで勝手に思い込んでいるだけじゃないの?」
「いいえ。事実です。だって、まだ岡嶋さんが入社する前だったけど、重見さんのお母さんから電話が来て、あの人飛んで帰ったんですから。お母さんが病気だからって。普通、大きな息子がそんな事します? お母さんもお母さんです。息子に電話なんかしないで、ご自分で病院に行けばいいじゃないですか」
「だけど、お母さんには龍くんしか頼る人がいないのよ。心細い時って、やっぱり一番身近な人に頼るものでしょ?」
「龍くんって、呼んでるんですか?」

 ひとつ年下の真保ちゃんは、不快感を滲ませた目でわたしを見た。
 だけどそんなの関係ない。
 わたしは龍くんの味方なんだから。

「悪い?」
「いえ。悪いってわけじゃないですけど、ここ会社だし、あまりにも急展開だったもので」

 まあ、そうだね。
 会社で龍くんって呼ぶのも他の人の手前、止めた方がいいのかも。

「ごめん。会社では、重見さんって呼ぶよ」
「わたしの前ではいいですよ」
「真保ちゃん、ありがとう」

 真保ちゃんとは、席が隣だって事と、歳も近いって事ですぐに仲良くなった。
 高校を卒業してずっとここで働いている彼女は、わたしより年下でも頼れる先輩だ。
 真面目で、仕事もきちんとこなせるし、プライベートでも付き合えるようになるといいなと思っていた。
 だけどまだ、一緒に食事とかは実現出来ていないんだけど。

「重見さんって、お父さんいないんですか?」
「真保ちゃん、知らなかったの?」
「そんな事、話したりする仲じゃありませんから」
「そう」
「……それだったら、やっぱり息子を頼るかもですね」
「そうでしょ?」
「わたし、周りの噂に振り回されてたかもしれません」
「真保ちゃんみたいに、みんなの見方も変わればいいんだけどね」
「そうですね」

 良かった。
 一人でも彼の事を理解してくれる人が増えて。

「おはよう、くるみ」

 うっ、公の場で、いきなり呼び捨てですか?

「どうした?」
「ううん、別に。金曜日はお疲れ様でした」
「うん。あの後、すぐ寝られた?」
「えっ? ええ、まあ」

 と言うのは嘘。
 龍くんが帰ってからも、ずっと寝られなかった。
 土曜日はお昼くらいまで寝てた。
 日曜日は掃除をしたりして過ごしたけど、本当は龍くんとデートしたかったんだよ。
 だけど、あなたの電話番号、まだ知らないんだよね。

 付き合い出したからって、すぐにはデートも出来ないんだね。
 ちょっと寂しかった。

「家に帰り着いたのは二時頃だったけどさ、母さん僕が帰ったらやっぱり目を覚ましちゃって、起こして悪い事をしたよ」
「そうですか。すみません。わたしがお茶に誘ったりしたから」
「いや、そんな事は気にしなくていいよ。僕がくるみと一緒に居たかったんだから」

 心がぽっと温かくなる。
 彼は言ってくれた。
 お母さんも大切だけど、わたしも大切にしてくれるって。
 その言葉を信じよう。
 それ以上高望みしたら、彼に嫌われてしまう。
 過去の彼女達のように、彼を独占する事だけは避けたい。

「岡嶋さん、わたしお茶入れて来ますね」

 居心地が悪かったのか、真保ちゃんは席を立って給湯室へと姿を消した。
 それと入れ替わるようにやって来たのは、営業の先輩、真下直紀さんと、木下大地さんだった。
 いずれも龍くんより年上の先輩だ。

「おはよう。重見、金曜日はちゃんと岡嶋ちゃんを送り届けてくれただろうな?」
「もちろんです」
「よし。で、まさかそのまま彼女の家に上がり込んだりとかしてないよな?」
「上がりましたけど?」

 ちっとも悪びれた様子を見せない彼。

「当たり前じゃないですか」って、嘘を付くかと思ってた。

「マジ?」
「でもまさか、そのまま泊まったとかないよな?」
「そんな事はしていませんよ。家で母が待ってますし」
「出た出た。マザコン重見」

「そんなにいけませんか?」

 思わす口を挟んだ。
 どうしてみんな、彼の事を悪く言うの?
 マザコンのどこが悪いって言うの?

「岡嶋ちゃん、そんなにむきにならなくても」
「そうだよ。ちょっとからかっただけさ。重見の事を悪く思ってるわけじゃないよ」

 先輩二人は、頭を掻きながらどうしたらよいのか困っていた。

「マザコンマザコンって、言わないで下さい。お母さんの事を大切に思えるって、素敵な事じゃないですか」
「まあ、それはそうなんだけど、お袋って口やかましいし、めんどくさいじゃん。って、俺のお袋だけか?」

 真下さんが、隣に立っていた木下さんに視線を向けた。

「いや、うちの母ちゃんもうるさいよ。それが普通じゃないの?」
「だよな? 重見のお袋さん、うるさくないのか?」
「うるさいとか思った事はないです。注意される時は僕が悪い時ですし、指摘されて有難いと思っています」
「そうか。……やっぱりちょっと理解出来ねー」
「別に理解して欲しいとは思いません。だけど、これが僕ですから」
「そうだな。お前は一環してそうだよな」
「まあ、人様に迷惑をかけているわけでもないし、お前らしくていいのかもな」
「だけど岡嶋ちゃん、もし付き合う事になったら嫉妬するんじゃねーの?」
「いえ全然。それに、付き合うことになりました」
「展開はやっ。でもまあ、そう思えるならいい恋人になれるんじゃねー?」
「真下さん、わたしの事も変わり者だと思っていませんか?」
「とんでもない」

 どうだか。
 きっと二人はわたしの事も変だと思ってる。
 真保ちゃんと同じように、マニアックな彼女だと。
 
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