シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
「サンキュ」

 軽いひとこと。それでも、わたしに対して向けられた言葉は特別な響きを持って、わたしの耳に届く。
 遥人とうまく会話を組み立てられない。
 おそらくわたしも遥人も、もともと無口だからだと思う。沈黙勝負をしたら、お互い何時間でも黙り続ける気がする。
 亜依は普段からよく喋る。わたしはほとんど聞き役で、遥人は首を縦に振るか横に振るか、意思表示が省エネだ。遥人が饒舌になるのは、さっきみたいに方向音痴をからかわれたときくらいだ。
 気づまりな沈黙が落ちる。
 ここにもう一人いれば、また違う形になるのだけれど。

「航は来ないの?」
「来ないって」

 亜依が答える。

 遥人、亜依、わたし。それからもう一人、青島航(あおしま・こう)。
 いつだって四人でつるんできた。
 神南学院大学付属の中高一貫校を卒業し、そのまま進学したわたしたち。
 それぞれ専攻学科は違っても、なんだかんだと理由をつけて空き時間に集まっていたから、高校時代と変わらない雰囲気だったと思う。
 この場に航がいないのは落ち着かない。
 今夜はお互いの就職活動をねぎらう会という名目だ。
 十一月、内定式や諸手続きも終わり、街はすっかり秋。

「就職しないから顔を出しにくいとか……?」
「まさか。そんなに心狭くないでしょ」

 亜依が否定してくれたので、少し気持ちが楽になる。
 いつもなら亜依と航のかけ合い漫才に似た会話が繰り広げられるところ、この三人だと発言の九割が亜依で、残り一割をわたしと遥人が分け合う形になってしまう。
 バランスが悪い。

< 4 / 206 >

この作品をシェア

pagetop