君が涙を忘れる日まで。

「……でさ、貴斗がそこで突然歌いだしたから、緊張感途切れてみんなで笑っちゃってさ」

「へー、幸野君ってそんなに面白いんだ。今度話してみたいな」

「まじ良い奴だよ、うるさいけどな」



店にはどれくらいいたんだろうとスマホで時間を確認すると、一時間も過ぎていたことに気付き驚いた。

長くいた感覚はないけど、楽しい時間はあっという間っていうのは本当なんだ。

でもこれで終わりじゃなくて、ここから駅に向かって電車にも。

帰りに修司と一緒に電車に乗るのは初めてで、しかも二人。


「ねぇ修司、今度……」


「奈々!!」


『カラオケでも行かない?』そう言おうとした時、うしろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。

よく知っている声、だけどすぐに振り返れないのは、心のどこかに罪悪感を感じているからだ。


何でも言える関係なのに、私はまだ修司への恋心を香乃に話していないから。



「あれ、香乃じゃね?」


先に振り返ったのは修司だった。


「ほんとだ、香乃!なにやってるの?」

笑顔を作り、香乃に向かって大きく手を振った。


朝の通学電車の中では、修司と挨拶を交わして話をするのが当たり前の毎日。

でもそこには、香乃もいる。

私が修司と仲良くなったように、ごく自然に香乃も修司との距離を縮めて、いつしか『香乃』と呼ばれるようになっていた。



「私も一組の実行委員になったでしょ?だから今みんなでファミレスで作戦会議してたんだ~。四組に負けないくらい売るんだから」

「一組はホットドッグだっけ?香乃大丈夫かよ、天然だから心配だな」

「なにそれ!こう見えてやる時はやるんだよ」


香乃は好きな人が出来るとすぐに私に相談してくるタイプだから、修司に特別な感情を抱いてる可能性はない。

それでも修司が香乃と呼ぶことに少しだけ複雑な気持ちになってしまうのは、それだけ私の好きが大きいからなんだ。

まさか自分が香乃にまで嫉妬するなんて思ってなかった。


今度ちゃんと話そう。私がやきもちを焼いていたなんて言ったら、香乃は『馬鹿じゃないの』とか言って笑うんだろうな。


「奈々、もう帰るの?」

「帰るよ。香乃も一緒に帰ろう」

「うん!」

香乃の笑顔は可愛い。大事な幼馴染、香乃が笑ってくれると私も自然と笑顔になれるから。



< 25 / 130 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop