忘れたはずの恋
吉永さんが僕の方をずっと見ているのはわかっている。
頼って貰って光栄です。
少しだけ、アイツに釘を刺しましょうか。
……代わりにね。

「お久しぶりです」

完璧な礼をしてきた遠野。

「こちらこそ」

淡々と彼を見つめる。
声を出来るだけ低くする。
そして彼の左手を見つめ

「…ご結婚、されたのですね」

吉永さんの前では言いたくない。
でも、言わねば。

「はい、成瀬さんと先日」

あー。
あのぼんやりしたコ。

「そうですか。
…それはおめでとうございます」

苦労の始まりですね、遠野クン。

「葵」

吉永さんの顔が上を向く。

「…お前も早く、結婚しろよ。もう歳なんだし」

失礼な…女性に歳の事を言います?
早希子さんには絶対にそんな風に言えないです、僕。

「…そう、だね」

吉永さん!!ここはガツーンッと…。
無理ですね、ごめんなさい。

「結婚に年齢なんて関係ないですよ」

僕だから言えるこの言葉。
遠野の顔が一瞬、歪んだ。

「…君も人にとやかく言う前に、若い成瀬さんに逃げられないように精々努力すべきですよ」

若い子なんて、本当に逃げると思いますよ。
僕は怖くて…若い子には手を出せません。
良い意味で早希子さんに飼いならされているというか何というか。

「人の結婚に首を突っ込む前に自分のやるべきことをおやりなさい。
元カノがどうなろうと今の君には関係ないはず。
それとも、まだ未練でも?
いや、自惚れか?
今でも吉永さんが自分に惚れているとでも思っているのですか?」

そう思っているんだろ?遠野。
顔に書いてある。

「彼女も魅力的な女性だ。
あちこちからお声が掛かっている。
結婚なんて君が心配する筋合いはない。
自分の立場等、心配することはもっとたくさんあると思うが?」

更に若い子と浮気なんかして、セクハラで訴えられないようにするべきだな。
彼のようなタイプはよく、失敗している気がする。

「…失礼します」

苦虫をつぶしたような顔をして遠野は立ち去った。

吉永さんは完全に俯いてしまった。
彼女の気持ちを考えずに自分の意見を言い過ぎたかな。

そうだな、じゃあそのついでに言ってしまおう。

僕の気持ち。

「…私は吉永さんには本当に幸せになって欲しいです。
心の底から吉永さんの事を一途に愛してくれる人と、一緒になって欲しい。
あの人では吉永さんは不幸になるだけですよ」

そう、これが僕の気持ち。
いい加減、遠野なんて心の隅から追い出しちゃいなよ。
あんな奴、吉永さんの心の隅っこに置いとくような奴じゃないよ。

「…私の事を好きになってくれる人なんているんでしょうか」

あああ!!泣かせてしまった…。
僕は頭を少し掻いて

「…いますよ、私はその候補を知っていますけど」

あなたの事を大好きな…

はあ、さっきからその片隅にいてるんですけど、その人。

「もう、これ以上の慰めは不要です。お気持ちだけ、頂きます。
…総括。
もう今日は帰っていいですか?
とてもじゃないけれど今日はこれ以上、仕事が出来そうにありません」

僕ももうこれ以上、吉永さんに仕事をして貰うつもりはありません。

だから大きく頷いた。
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