金魚鉢には金魚がいない

あれから10年

姉のゆかりが家を出ていった冬の日から10年、姉は26歳になり、私は22歳を迎えた。
姉が二十歳の時に実家に帰ってきてから五年がたち、ある夜に二人でビールをのんでいた明け方、窓の外から白めきだした優しい光が部屋を包み、姉はその光に目を細めて少し興奮したように言った。
「ねぇ、ベランダで飲もうか。」
季節はまだ春先で、日が沈んでから明け方は冬のように冷える中、私は少し躊躇いつつもなんだか断る事がとてもつまらない事に思えた。お互いに適当な上着を羽織り、私達はまだ眠っている両親を起こさぬ様にそっとベランダに出た。
 想像以上の寒気に私はしばし硬直したが、姉はアルコールのせいかいやにはしゃいでいた。母の手塩にかけて育てられた多種の草花も、どこか息を潜めるように静かで、私は植木に挟まれるようにしてあぐらをかいた。
 私は愛煙しているキャメルのメンソールを一本取り出すと火をつけた。先端から流れる煙がゆらりと揺れて、この空間のアンニュイな感じにはぴったりだな…そんな事をぼんやり考えていた。
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