現場系男子にご用心!?【長編改訂版】

ここは自動車メーカー「KIZUKI」の車内部品を作る、「菱沼(ひしぬま)精密工業」という工場。

主に、エンジン部分の部品を製造している。

メーカーから出された設計図を基に金型から部品を製作し、メーカーの組み立て工場へと出荷する。
いわばメーカーの下請け工場といったところだ。

ここで働く私、真壁里緒奈(まかべりおな)は、昔から車の整備士をしていた父の影響からか機械いじりが好きな変わった女で、工業高校を卒業後たまたま求人があったこの工場へ就職した。

ここでの担当は、金型から上がった部品のバリ(金属のカス)を研磨、つまり磨いて滑らかに仕上げること。

午前午後にある十分間の休憩と一時間の昼休憩を除いては、研磨機の前でひたすら削る毎日だ。


その担当につくまで約五年。


それまではひたすら部品の目視チェックと出荷を担当していて、現場での作業を希望していた私にとって、ようやく願いが叶った形になる。

口は悪くとも根は優しい、いわゆる職人語りの先輩社員達が厳しくともかいがいしく教え、そして鍛え上げてくれ、それから二年。

ようやく一人でもこの作業を出来るようになったのだった。


私がいる作業場は、作業を円滑に進めることが出来るよう、金型から部品を起こすプレス機と同じ場所にある。

部品の大きさによってはまちまちだが、大きな部品になると金型の重さもt(トン)という桁違いの重さになる。

それを動かす機械が置かれているわけだから、とにかく地鳴りがするようなくらいの音が出るのだ。

くわえて研磨機は高速で回るやすりに部品を付けると、耳を塞ぎたくなるような高音を出す。


そんな音が一日中工場内に響き渡る。
だからここで働く者はみな、耳栓を付け作業を行っていた。


本来は人と話すときは肩をトントンと叩き、叩かれた側は機械の安全を確認してから耳栓を外して話し始める。
そうしないと声が全く聞こえないからだ。

ところが一体どういうわけか、目の前に立つこの男、岡田和宏(おかだかずひろ)のその言葉だけ、しっかりと聞こえてしまったのだ。


岡田さんは大手自動車メーカー「KIZUKI」の工場に勤務し、生産技術課という部署で働いている。

つまり、部品を設計している人ってわけで。

「KIZUKI」はこの工場から車で約三十分ほどの場所にあり、月に何回かこの工場に訪れては、設計した部品に不具合がないかをチェックしに来ていたのだった。

さらりとした黒髪に、目鼻立ちのしっかりとした顔。
すらりとした背と長い脚が、より彼のカッコよさを引き立てている。

加えて高専卒業後に理系大学に編入し、院を卒業後に「KIZUKI」に入社した優秀なエリート様らしい(上司の情報による)。

ほとんどが高卒で、ガッチリとした体付きのガテン系が多いこの工場の中では、全く正反対の男である。


全く興味がないと言ったら嘘になるけど、いかんせん私とは住む世界が違う人間。

普段は顔を合わせても、軽く挨拶する程度の人。
まだまだ下っ端の私には、接点などないに等しい人間である。

そんな人がなぜいきなり、突拍子もないことを聞いてきたのか。

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