クールな彼の甘い融点~とろけるほど愛されて~


「まず、電源を入れてから本体スイッチを入れてください。起動までには五分ほどかかりますから、テラーズマシンやATMへの補填を考え、早めがいいと思います」

スイッチの場所を教えながら時計を見ると、八時三十五分。
開店の九時までにテラーズマシンへの補填だけでも済ませたいけど、これだけ時間があれば、教えながらでも大丈夫だ。

それを確認してから、出金の方法を広田さんに伝えた。


午前中は、入出金のやりかた、出納機への現金の補填のやりかたをコーチすることができた。

入出金は単純作業だから、たとえば十万出金するなかの、一万を千円札十枚でほしいだとか、細かい注文がなければ問題ない。
でも補填作業は、少し面倒だし、反復して覚えていく必要がある。

だから、今日仕事が無事終わったら少し時間をもらって補填作業をもう一度……と思っていたのだけど。

勘定が無事合うと、広田さんはスタスタとオフィスから出て行ってしまった。

トイレだろうか、と思い待ってみるも……十分経っても戻ってこない。

どうしたんだろう、と考えながら、今日の進捗具合を書いたノートを眺めていると「言ったとおりでしょう」と後ろから話しかけられた。

見れば、私の手元を覗き込むように腰を折った北岡さんがいた。

「言ったとおり……?」
「そ。〝定時の広田〟さん」

北岡さんが伸ばした人差し指の先を視線で追い……「あ」と声がもれた。
時計が指しているのは、十七時四十分。定時を十分すぎたところだった。

「勘定が無事合った以上、あのひとは残業しませんよ」
「本当にそうなんですね……」

オフィスを見渡す限り、預金課も営業課もまだ誰一人、帰っていないように見える。
それどころか、八坂さんなんて五分前くらいに、ようやく戻ってきたところなのに……。

本当に周りの人のことを気にせず帰る人なんだな……と思うも、日中の時間だけじゃコーチ時間が足りない。



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