クールな彼の甘い融点~とろけるほど愛されて~


八坂さんの行動のなかに過去と変わらない部分を見つけたとき、ぶわっと嬉しさが湧きあがってどうしょうもなく泣きたくなってしまうときがある。

口の端を上げた意地の悪い笑い方。機嫌が悪いときの嫌そうな、ぼそっとした声。
肘から下の、逞しい腕。

髪が乱れることを気にしてくれない、わしゃわしゃした頭の撫で方。
ひとが注文したメニューを、勝手につまむところ。

『めぐ』
七年間なんてなかったみたいに、私をそう呼ぶ声。

目の前でそうされると、思わず手を伸ばしそうになってしまうことを、八坂さんは知らない。

私が今もこんなに好きだってことを、知らない。


「実際、顧客相手じゃ強く言えないのもわかるし、避けようがなかったことかもしれない。でも、多少は倉沢に非があるのは、自分でもわかるな?」

閉店後の、静かなフロア。

営業課長の穏やかな、それでいて厳しさも含む問いかけに、その傍らに立っていた倉沢さんが「はい。すみません」と頭を下げる。

表情は暗く、いつもの明るさはどこにも見つけられない。

広田さんはいつも通り定時に帰ってしまった。

北岡さんが窓口の仕事を終えて出納機を教わりにくるまで、引継ぎ用のノートでも書いておくか……とノートを開いたとき、その電話が鳴った。

倉沢さんが注意される原因となる、電話が。

電話はひとりの顧客からで、寺田さん、という男性からだった。
倉沢さんの担当する顧客らしい。


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