まさか…結婚サギ?
「ごめんなさい。変な事を聞きました」
「いや…気にしても仕方ないよな」

(元カノ…綺麗な人だったな…)

一度だけ、見かけたすらりとした女性を思い出す。

そうして貴哉の車で向かった先は…何やら高級住宅街という雰囲気で、敷地も大きければ建物もまるで別世界である。

「ちょっと待ってて」

貴哉は車を一旦止めると、立派な門の前でベルをならしている。

門が開いて、再び貴哉は車に乗るとそのまま敷地に乗り入れる。
「あのう…まるで華麗なる一族みたいなんですけど?」
「まぁ、そんなものかな」

高級車の並ぶガレージに貴哉はいたって普通の国産車を停めると、
「いくよ」

「…。」

はいと言ったはずだが、あまりにも小さな声で聞こえないようだ。

まるで迷子の子供のように由梨は貴哉に手を取られて歩いていった。
慣れたように玄関と思わしき扉を開けると、

「おかえりなさい貴哉」
と綺麗な奥さまと言った女性が立って迎えてくれる。

「ただいま。由梨、母だ」
「はじめまして、花村由梨です」

「由梨ちゃんね、ようこそ」

緊張しつつも言うと、玄関から土足なのに気がついて本当に別世界だと感じてしまう。

「いってなかったけど、父親はconnoグループの社長だから」
「ひぇっ」

由梨でも、知ってる大きな会社である。
(connoと紺野…。)
「ひぇ?」

「それは…なんと言いますか…御曹司ってことでは…?」
「別に、親がそういう地位だからって俺が凄いわけじゃない」
あっさりと言ってのける貴哉に少しキュンとしてしまうのは何故だろう…。

外観に違わず何やらアンティークな家具類がシックに収まっていて由梨は緊張した。

(へんな格好をしてこなくて良かった…)

「由梨ちゃん、そこに座ってね」
貴哉の母がそう言ってソファを勧めてくれる。
由梨はいわゆる一般庶民だから、こういう時の礼儀作法は正しいのか悪いのかわからず貴哉の顔を伺う。

軽くうなずいて、隣に促してくれる。

貴哉の母は緑茶を淹れてくれて由梨はそれを頂きますと一口飲んだ。

「お父さんは?」
「すぐに来るわよ」


少しすると、部屋の外から
「貴哉が帰ってきてる?」
と声が聞こえてくる。

開いた扉に由梨はそちらを向いた。

「…あ…」

貴哉に面差しの似ているダンディな紳士と、30手前くらいの男性と、そして由梨と同じくらいの若い男性と…綺麗な男性?
いや、女性か…。

「お父さん、僕がお付き合いをしてる花村由梨さんです」
貴哉が先に立って由梨を紹介した。
「花村 由梨です」
由梨は緊張しつつお辞儀をした。

「どうも、由梨さん。父の暎一(えいいち)です」
思ったより穏和な声に由梨は少しだけほっとする。

「隣が兄の洸介と、弟の絢斗(けんと)。それから妹の志歩(しほ)」
「はじめまして」
再び由梨は兄弟たちに向かってお辞儀をした。

由梨は美形の家族にドキドキしながらも、いっそう眼を奪われたのは志歩だった。

「貴哉さん、貴哉さん…志歩さんはもしや歌劇団の星乃 りんさんでは…」
こそこそと言うと、
「あれ?知ってるの?」
「もちろんです!年末も舞台を見てきました。ほら、観劇に行くと言った時がありましたよね?」

「ああ…そうか。志歩、由梨は星乃 りんを知ってるそうだ」
「へぇ?そうなんだ。嬉しいな」

近づいてきてにっこりと笑みを向けられると思わず失神しそうになる。

悲鳴をあげそうなのを堪えていると握手をされて由梨はぽうっとその綺麗な顔を見上げた。
星乃りんは、新人の頃からその圧倒的な存在感で将来必ず男役トップになるだろうと言われている。

「…なんだかこんな嬉しそうな由梨ははじめて見た気がする」
「は、すみません。プライベートなのに…つい興奮してしまって…」
由梨は動悸を抑えようと胸を押さえた。

「そんなことよりも由梨さん」
洸介に呼びかけられて由梨は姿勢を正した。

「花村、という姓に聞き覚えはないのだが?」
洸介の問いに由梨はそれは当たり前じゃないのかと思う。
「はい。そうですね…」
「お父さんは何を?」
何となくカチンときてしまう。

「何をとは?」

「察しの悪い女だな。どこの花村かって聞いているんだ」
厳しい口調に由梨はそっと周りの顔を見てみた。
「洸くん」
嗜めるように貴哉の母が名を呼ぶ。
怒っている?ような雰囲気なのは洸介だけで、他はみんな涼しい顔である。
「あのう…。失礼を承知で申し上げるなら…、私はここに貴哉さんと今、お付き合いをしているという立場で来ております。そのようにいきなり父は何を?と聞かれて、何を聞かれているのか尋ねてはいけないことなんでしょうか?」

微笑みつきでいってみる。
「職業はということだが?」
「普通のサラリーマンです」

「どこの?」
例え知っていても答えたくなくなる。

「ここで、良い会社に勤めているか、勤めていないかで洸介さんの私への評価は変わるのでしょうか?」
「なんだって?」
「私は紺野 貴哉という人と、お付き合いをしているのであって、あなたの弟であるからお付き合いをしているのではありません」

こんなに物をはっきりと言ったのははじめてかもそれない。
しんと、した室内に由梨はいたたまれなくなりお茶をゆっくりと飲んだ。
(どうしよう?…この空気)

「貴哉…椿の事はどうするんだ?」
「椿?」

話が貴哉に向いて由梨はほっとする

「椿はお前と結婚する気でいる」
「俺は承知していない」
「そう言わず。椿と結婚して、そしてお前はconnoに来い」
「俺は、由梨と結婚するし、connoにはまだいかない」
「俺は兄弟で次の世代を支えると思ってたんだ」
「絢斗がいるだろう?」
「いや、俺も洸兄の下で働くの嫌だ。それに結婚も強制とか無理、絶対やだ」
「なんだって?」
絢斗の言葉に洸介が睨み付ける。

「俺は椿みたいなのは、絶対に結婚なんて無理だ。そんな事を言うなら縁を切るぞ」
「アホかお前は」
「弟でいて欲しかったら椿との話は自分とにするか白紙にするか何とかするんだな」

「貴哉さん?何やらお話を聞いていると、椿さんとの結婚をなくすために私を利用したのですか?」

(何かあるんじゃ…と思ってた。もしかしたらこれが理由?)

「いや、それは違う」
きっぱりと言われて由梨は
「…貴哉さんが、そう言うなら…信じます…。と言いたい所ですけど…」

由梨は席を立った。
こういう所で、ほかの女性の事を聞いて愉快でいられるわけがない。それに洸介の発言の数々に傷ついてもいた。

「今日は私はこれで帰ります」
「由梨?」
「私、都合のいい女にはなりたくないんです。結婚したくない人との話があるから、だからたまたま知り合った、結婚を望む女がちょうどいたから?庶民なら騙しやすかったですか?…そんな風に今は思ってしまいますよ」
「そうじゃない」
「だとしても…その椿さんとの事をしっかり片付けてからお話を聞きたいと思います。だから今日は私は帰ります」


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