まさか…結婚サギ?
点滴のお陰か、翌日にはかなり辛さが和らぎ薬の効果のありがたみを貴哉は感じていた。

「おはようございます。検温に来ました」
看護学生はこの日は一人で貴哉のベッドに来ていた。
「お熱もずいぶん下がりましたし、呼吸も楽になられましたね」
嬉しそうに微笑む彼女に貴哉はドキッとさせられた。

そっと触れる細い指先や、ほのかに香る女の子らしい匂いにさらにドキドキさせられてしまう。

そして、入浴が出来ない貴哉だから、バケツにお湯をはってカートに乗せて入ってきた。
「パジャマの替えを出させて下さいね」
荷物から新しいパジャマと下着を出し、セットすると
「体を拭きますね」

「え、君がするわけ?」
「はい。ボタンを外しますね」
と、手をかけられて貴哉はその手首を掴んだ
「駄目だ!」
とつい叫んだ。
「え」

彼女は戸惑ったように貴哉を見て、
「でも、汗をかいてますし拭くだけでもさっぱりして心地よくなりますよ」

掴まれた手と貴哉を交互に困惑したように見ながら説明してくる。

そういう問題ではなく、彼女に拭いてもらうのは男としては無理なのである。しかし、実習に来ている彼女はそんなことはわからないのか、学生にされるのが嫌だと貴哉が思っていると思ったのか
「あの、確かに私は学生なんですが、たくさん練習をしてきています。ですから、任せて頂けませんか?」

「ごめん、無理。誰かと代わってきて」

「貴哉ったら、ワガママ言ってる」
ちょうどそこに麻里絵と絢斗と志歩。それに洸介も何故かついてきた。
嫌な所を見られたと貴哉は思った。

「あ、こんにちは」
麻里絵に挨拶をしているが、その目はすこし潤んでいた。
「あの…看護師さんに代わってもらいますから、ここにカートを置かせていただいていても良いでしょうか?」
とペコリとおじきをする。
「いいわよ~。もぉ、ワガママでごめんなさいね、えーと」
「…花村です」

「花村さんね、本当にごめんなさいね」
「いえ、いいんです」

そう言うと足早に部屋を出て行った。

「貴哉~、泣いてたよ?」
洸介が呆れたように言う。
「じゃあ、洸介はあの看護学生に体を拭かせられるんだな?」
「は?」
「ふん」
貴哉はそっぽ向くと、ベッドにドサッと寝転がった。

「俺、貴兄の気持ちちょっと分かった。あの看護師さん可愛いもんなぁ~」
「…あ、なーるほ、ど」
志歩がニヤリと微笑む。

少しすると、担当の看護師が入ってくる。

「紺野くん、ごめんなさいね。やっぱり学生さんには嫌だったのね?すぐにするわね。少し、失礼しますね」
看護師はシャッとカーテンを閉めると、てきぱきと服を脱がせて有無を言わせずに体を拭いていく。
その看護師は貴哉の気持ちを正確にわかってるかのように思えたが…。

昨日の看護学生が汗を拭いた手つきは慣れていないかもしれないが丁寧で優しかった。しかし、ベテラン看護師はひたすら手際が良い。

「はい、ここは自分がいいですよね?」
と下はタオルを渡してくれる。
「…」
「はい、じゃあこれで終わりました」

看護師はにこやかに言うと、看護学生が入ってきてカートを看護師と共に運んでいく。

麻里絵が脱いだパジャマを持って帰る準備をしたり、貴哉の本を置いたりしていると、どこに行っていたのか絢斗が
部屋に戻ってきた。

「貴兄、あの子、学校の先生かな?めっちゃ起こられて泣いてたよ。かわいそ」

泣いていた、と聞いて貴哉は自分のせいかと思うといたたまれない気持ちになった。
「えー、かわいそう、貴にぃ優しくしてあげなよ。頑張ってるのに」
「そうそう、昨日ナースステーションで聞いたら、今来てる学生さんたち、高校生なんですって。だから、まだ17歳初々しいわよね」

泣いていた、と聞いていたが、昼食の配膳に来た時には笑顔で貴哉は思わずその顔をまじまじと見つめてしまった。

「学生さんも、休憩はあるの?」
麻里絵が愛想よく聞くと
「はい、食事の介助をしてから休憩に入るんです」
「あら、そうなの。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」

17歳…そう聞くと、頑張るその姿に自分が情けなくなってきた。
高校生なんて、勉強と部活くらいで、将来の事なんて何も考えずにいた。大学生の今も何となく親の会社に入るんだろうとそう思っていた。



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