まさか…結婚サギ?
翌朝はスニーカーに合わせて、ガウチョパンツとジャケットとストールを身に付けて、時間通りに昨日別れた場所に向かうと、そこには黒のSUV車が停まっている。

窓ガラスをノックすると貴哉が窓を開けて、
「おはよう、来てくれて嬉しいよ」
微笑むその顔が、亜弥が何と言おうとやはり格好いい。

「おはようございます」
由梨もまた笑顔を向けて車に乗り込んだ。

昨日何もなく送ってくれた、ということが由梨の警戒心をわずかに薄れさせていた。

「あれ、カメラ好きなの?」
「あ…これ」

斜めに下げているのはミラーレス一眼である。クラシカルなデザインに一目惚れしてそれ以来愛用している。
ストラップはネイビーにレースのガーリーなものである。

「上手く撮れる訳じゃないんですけど…」

カメラ女子といえるほど、テクニックがあるわけではない。
「そうなんだ。カメラ女子って雰囲気も似合いそうだけど?」
「似合いそうですか?カメラはなかなか楽しいんです」
「また、撮ったの見せてくれる?」
「はい、もちろん」

走り出して少したって
「由梨さん、何か飲み物でも買いによろうか?」
と声をかけてくる。
「あ、そうですね。嬉しいです」

コンビニによって、貴哉はコーヒーを由梨はミルクティを選ぶと、さも当たり前のように貴哉が支払おうとする。

「これくらい自分で払いますよ?ここまで来てもらったのに」
「なんで?付き合うっていってくれたのに、彼氏ぶらせてくれないわけ?」
くすくすと貴哉が笑いながらおサイフケータイでチャリーンと払ってしまう。

再び車に乗ると、貴哉は車を機嫌よく走らせる。

着いた先は近頃訪れる人が多くなったという、気軽に登れる山である。
二人でリフトに乗って山に登ると、赤く色づいた紅葉がとても綺麗で、由梨は持ってきたカメラを向ける。

そうやってカメラを撮っていると、カメラ好きと思われるのか、
「撮ってくださいー」
とお願いされる。

すこし年上に見える男女カップルを撮ると、
「お二人も撮りますよ~」
とにこにこと愛想よく言われ
「じゃあお願いします」
と貴哉がカメラを渡す。

紅葉を背景に、きれいにおさまったその写真を見るとその身長差でとても不釣り合いに見えてしまう。

(やっぱり、おかしいよね…)

「どうしたの?」
カメラの画像をみて固まってる由梨に貴哉が話しかけてくる。
「や…こうしてみると、不釣り合いに見えちゃって」
「見せて?」
貴哉はカメラを覗きこむ。
「俺がでかすぎる?」
「私が小さいんですよ」

「気になる?」
「なりますよ」
「俺はちっとも気にならない」
にっこりと笑ってくる。

山頂付近に来ると、由梨は
「あの…お弁当、作ってきたんです」
実はここに来ると昨日聞いて、由梨はお弁当を準備していた。
「え?めっちゃ嬉しい」
(めっちゃとか言うんだ…)

「ほんとに少しだし、恥ずかしいんですけど…」

おにぎりと、肉巻きと卵焼きそれに鮭といんげんのごま和えとそれほど驚く中身ではないけれど
「由梨さんが作ってくれた?」
「ほとんどは…母と一緒にですけど」
「美味しそう」
貴哉がきれいに食べてくれて、由梨も嬉しくなる。
知り合ったばかりで、お弁当なんて躊躇ったけれどきれいになったお弁当箱をみるとやった!と言いたくなってしまう。

お腹もいっぱいで、お茶を飲みながらカメラの画像をスマホに転送していると
「便利だね」
「写真、送りましょうか?」
「うん、欲しいな」
「え、と」

(ほんとに?)

写真を欲しがるように思わなかったからだ。
貴哉に送ると、笑顔で画面を見ていて由梨はやはり戸惑ってしまう。

また、散策をしながら仕事の事や家族の事を、由梨は話しすぎてしまったような気がしてしまう。

「あのさ由梨さん。俺付き合ってても仕事が忙しくて平日とか本当に遅くになると思うんだ。だから、仕事終わったらさワンコールしてくれる?実はメールとかも苦手で」
貴哉は苦笑している。

「あ、私も…長文とか苦手で」
由梨は以前に知り合った男性がスクロールしないといけないくらい毎回メールを送ってくるので、それにうんざりしてしまったことがある。

絵文字ガッツリも苦手なのだ。

「良かった」

帰りはケーブルカーに乗って下山する。

この日も貴哉は、まっすぐに車を走らせて朝と同じ所に停車させる。
「じゃあ、また」
「家に着いたら、連絡下さい」
由梨はそう貴哉に言った。

「うん、電話するよ」

(一日一緒にいたのに、手の1つも繋がなかった…。少しは信用しても、大丈夫なのかな…)
付き合うと言ったはずなのに、こんなことを思ってしまうなんて由梨は苦笑してしまう。

お風呂に入って、ゆっくりしていると貴哉から着信があり

『今、帰ったよ』
「貴哉さん、今日はありがとう、とても楽しかったです」
『俺も…お手製のお弁当なんて感激したよ』

そんな言葉を交わして、電話を切ってからほわほわした気持ちで由梨はスキンケアとネイルケアをしていた。

「由梨~、なんか楽しそうだね」
「うん…なんかね、居心地がいい感じなの。ドキドキするのにね」
「写真撮ってないの?」
「撮ったよ、スマホに入ってる」

亜弥は由梨のスマホを持つと

「どれどれ~」

「…め、めちゃめちゃイケメン…。由梨…ほんとに騙されてるよ?コレ…」

亜弥の言葉が突き刺さるけど

「なんだか…それでもいいかもって思ってきちゃった」
と由梨は笑った。

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