まさか…結婚サギ?
この日は仕事を後回しにして、新居を見に行っていた貴哉は
「それが良いと思うんだ」

由梨に渡された物件は立派な一戸建てである。造りは5LDKだがそれにしても、立派である。

「立派過ぎませんか?」
「でもね、由梨ちゃん。うちの元々の持ち物だし、立地も良いしこの辺りに住んでくれたら安心だわ。うちからも近くだし」
「そうね、由梨。それがいいと思うわ。ひとまず見てみなさいよ」

着いたそこは、広い庭と大きな家と…。
まるで夢の家だ。

少しプロヴァンス風の、由梨の好きな雰囲気だった。
「あら、由梨の好きそうな家じゃない」

中も、プロヴァンス風な漆喰と、タイルで可愛らしく、なおかつ機能性も抜群だった。
「由梨が好きそうなのを選んでみたけど、どう?」
「いえ、強いて言えば…分不相応に思えて…」
「そうかな?紺野家に比べたら全然普通じゃないかな。近くには俺も行ってた幼稚園があるし、庭も広くていいよ?」
「そうですね」
「じゃあ、ここにしましょうか。家具はまた頼みましょう」

ぽん、と家まで決まってしまった…。

「由梨ちゃん、あっちに見えるのが紺野家の屋根よ。いつでも頼ってね」

と言うことは、歩いてもすぐ、ということだ。

「あら、良かったわね。由梨、良いところが見つかって」
にこにこと美香子が言う。
「二階もみてきましょうよ」

一階にはリビングとダイニングキッチン、それから和室と、納戸、それと広い寝室が一つ。
二階には部屋が3つならび、そしてフリースペースと書斎もある。駐車場は3台は停められて、それでも広い庭がある。

つまり、とても贅沢すぎる家なのだ。
けれど由梨には、贅沢すぎるからという理由で拒否は言えなかった。

「そうそう、貴哉。婚姻届をもらってきたわ。今書ける?」
「ああ、書く」
貴哉はすぐにさらさらと記入する。
由梨も、続いて書いて、保証人欄に母たちが書けば完了だ。
「じゃあ、貴哉は仕事に行くでしょう?私たちはこれを出して、ランチにしましょうか」
麻里絵が言い、貴哉の運転で役所に向かった。

あっさりと、由梨は花村 由梨から紺野 由梨へと名前が変わる。
色々と、名前を変えていかなくてはならない。
「これで正式に夫婦だね由梨」
「はい。よろしくお願いします、貴哉さん」
由梨は微笑みをむけた。

役所に出したあとは、由梨たちは貴哉と別れて、麻里絵と美香子とランチを食べる。美味しそうなのだが、由梨はあまり食べることが出来なかった。
「これでひと安心ね、由梨ちゃんはゆっくり過ごして元気に赤ちゃん生まなくちゃ」


そうして、一週間後、いつの間にか新居には搬入された新品の家具が配置され住めるようになり、由梨はそこに引っ越して貴哉との暮らしが始まるのである。
と、同時に由梨の悪阻が本格的に始まり、体調は最悪となってくる。

「大丈夫か?由梨」
「うん…」
「顔色が悪いよ。病院に行こうか」

はじめての病院以来、受診していなかった。そろそろ、行かなくてはいけない時期でもあった。
貴哉と共に来たのは、新居から近くのレディースクリニックである。

「前回も言われてる?」
「はい?」
「双子よ、赤ちゃん」
「ご主人も見える?こっちに一人とこっちに一人」
「双子…」
「今はとても、二人とも順調ね」

由梨はそういえば言ってなかったなと、思い出す。
「ここでは設備が整ってないから、紹介状を書くわ。桐王大学附属病院でいい?次はそっちでね」
「はい。大丈夫です」

桐王か…。と由梨は複雑な気持ちである。
「それから、母子手帳ももらってきてね」
「はい、わかりました」

悪阻が酷いというと、注射をしてもらい診察は終わる。

「双子?」
診察室を出た、貴哉は由梨にそう言った。
「うん、そう」
「それは…由梨は大変なんじゃないかな?」
「だと、思うの」
「俺も、頑張らないとな」
貴哉はそういうと、由梨の手を握った。

病院の帰りに母子手帳を2冊受けとると、由梨はそれを大事に仕舞った。

紺野家からは、由梨の体調を聞いたからか麻里絵が手配したお手伝いさんが朝8時から夜の6時まで、高坂さんが来てくれていて、その事を情けなく思いつつも由梨は一日中、吐き気と戦いながら過ごしてした。

「私、今専業主婦なのに…」
「気にしたら駄目だよ。由梨だって今は辛い時なんだから甘えておけばいいよ」
「ありがとう…貴哉さん」

高坂さんは、栄養士の免許もあり由梨の食事も体調に合わせて作る有能ぶりでまさに至れり尽くせりだ。

そして、3月のつわりの落ち着いた頃には無事に家族だけの結婚式が行われた。

connoグループの式場は、女の子の憧れをぎゅっと詰め込んだような外観で、由梨はとても幸せな気持ちで結婚式を過ごした。
オーダーのドレスも、とても上品さと可憐な雰囲気が絶妙のバランスで、由梨はため息をついた。
家族だけの、式はとても暖かみがあり、由梨はこの式を準備してくれた家族たちに感謝の涙が止まらなかった。
「ありがとう」
こんな言葉しか言えない事がもどかしい。

貴哉の選んだ指輪は婚約指輪と結婚指輪が重ねてつけられるデザイン性の高いものでとても由梨に似合っていた。

お揃いの指輪は、貴哉のすらりと長い指にも収まって
「結婚…しちゃいましたね」
由梨は隣の貴哉にぽつりと言った。
「そうだね、これからはずっと、一緒だ」
時々、怖いような貴哉だけれど、この日はとても終始穏やかでそして、頼もしかった。

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