(A) of Hearts
「では改めて。わざわざここまで出てきてくれてありがとう」
「いえ」
「今日は素敵な夜になりそうだよ」
「……あの」
「失礼いたします」
わたしの言葉を遮ったのはワインボトルを手にした店員だった。
ちょっと出鼻を挫かれてしまった感じ。
そのまま黙り込んでしまう。
「そろそろかな」
すると前田さんが口を開いた。
ひとりごとなのかな?
不思議に思い首をかしげる。
「テーブルの上に携帯出しといて」
「わたしの携帯でしょうか?」
「そうそう」
目の前にある大きく口の開いたワイングラスに赤ワインが注がれ、それをクルクルっと小さく回しつつ。そしてそれを少し口に含んでから、お店の人にオッケーを出す前田さん。
いまわたしたちはカジュアルなフレンチ料理店にいた。カップル仕様のためなのか、それぞれ個室のような造りになっている。
「そろそろ鳴る」
運ばれてきた前菜に手をつけながら、ふふっと小さく笑う前田さん。手に持っているフォークの先をくるっと回し弧を描いた。
なんとなく雰囲気に呑まれてしまったわたしは、問いただす機会を完全に失っている。言葉を掛けるタイミングが難しい。
「ヒロからキミの携帯へ電話が入る。散々悩んだあげく、ようやく腰を上げるころだろうね」
芦沢さんが悩んで?
どうして。
「そうそうさっきさ。待ち合わせのところで俺、電話中だったでしょ? あれキミに会うことをヒロに報告してたんだよね〜」
なんだか寒気が。
わかんないけど、やっぱり怖い。
まるでペースが掴めないんだもん。
「いまにわかるよ」
「——わたしの理解が十分ではなく、意味がよくわかりません」
「どうしてヒロが、いまさらキミを辞めさせるのか。きっとキミの存在がかなり邪魔なんだろうなあ。ホントわかりやすい」
「……どういう」
わたしが芦沢さんにとって邪魔な存在?
「ゼロか100ではないのを自ら認めた証だよ。だから邪魔で排除したい。浅はかだねえ」
「あの、」
「ほら来た」