あの先輩が容疑者ですか? 新人ナース鈴の事件簿 
「さっきのタカネさんのお嫁さんのご希望だけどね、ケアマネさんとかへの連絡をお願い。林さん、だいたい分かるようになってきたでしょ? 私のほうもだいたいシステムには慣れたけど、アセスメントと今月の報告書はやらせてもらおうかな。記録はどうする?」

 信号が替わり、白い軽自動車は滑らかに滑り出す。
 凹凸の多い山間部の舗装道路は対向車も後続車も少なく、こんなに優しい運転をする車は珍しかった。少なくとも、鈴は乗せてもらったことがない。

「もち、あたしがやります! あのところで清世先輩、今週末のご予定は? うち、ほんとに——」

「あー、ありがとう、ごめんね。今週は雪道タイヤを見に行ったりするから」

 清世は申し訳なさそうに、チラッと助手席を見た。薄化粧の彼女はマスカラは付けていないようだけれど、睫毛が長い。その睫毛は、すぐに正面を向き、少し伏せられた。

 タイヤを買うなんて、二日がかりで取り組むようなことではないだろうけど、見に行ったり——の「たり」に彼女の本心が現されている。鈴は、気付かないふりをして、明るく笑う。

「もー、清世さん、雪道タイヤって、どこのお爺ちゃんですか! 最近聞いたことないですよーその単語。スタッドレスって言ってください。笑えるから」

「そう? 利用者さんたちがよく心配してくれるから」

「お爺ちゃんお婆ちゃんたちの喋り方でそのまま清世先輩が話しちゃったてたら、すっごく笑えます」

「だってみんな方言じゃない? 真似した方が良いと思うんだよね」

「ええ——勿論です」

 雪道タイヤは方言ではないけれど。

「林さんも、そんなかしこまらなくてもいいのに」
「はあ」
「あと、清世先輩ってのはちょっと。苗字でいいからね」

 周囲をかしこまらせるくらい真面目な雰囲気を放っているくせに、それに気づかない清世。そんな彼女が車を停めて歩き出す姿を見つめて瞬きしながら、鈴は「清世先輩、面白すぎる」と呟く。

 一秒ほど遅れて時間が押していることに気付いた鈴は、慌てて訪問バッグを掴んで彼女の後を追いかけた。
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