あの先輩が容疑者ですか? 新人ナース鈴の事件簿 

 母のお下がりの鈴の愛車は、パールイエローのかわいらしい外観の軽だ。その愛車は今、側溝に左の前輪を完全に落としている。伸びた草に覆われて見えなかった蓋のない側溝を踏んで、脱輪してしまったのだ。

 脱輪と言えば、レッカー車。それか、重量のある大型で牽引すること。農耕車両なんかも良い。田舎育ちの鈴は、特に車に興味のない女子だったけれど、そのくらいのことは知っていた。

 しかし、この高見原は地区全体が急斜面で、ここで生まれ育った鈴でさえも市内から帰る度に、「なんでこんなとこに住もうと思ったんだろう……」と御先祖様に呟いてしまうくらい道も土地も狭く傾斜だらけだった。

 つまり、大型車や大型の農耕車を所有している人は、いないのだ。みんな軽トラックに軽自動車、農耕車も小型なものばかり。軽トラックは軽自動車の中でも軽いはずだから、もしかして普通車であれば牽引できるかも、と周囲を見回してみるが、あいにく車通りはない。徒歩十五分くらいで家に着くだろうから、とりあえず家まで歩くしかないだろう。

 諦めるしかない、と判断した鈴が持って歩き始めたとき、背後から、坂を上る低いエンジン音が聞こえて来た。独特の安定したその響きに、もしかして大きい車かも、と期待を込めて振り返る。
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