嘘つきには甘い言葉を
上の空の私をカラオケに連れ込んで、マイクを持たず隼人さんは「制服姿格好よかった、とか言わねーの?」なんて呑気に話しかけてくる。隼人さんの制服姿は確かに格好よかったけど、今それどころじゃないし。

「龍之介と和香ちゃんが、別れたらどうする?」
「別れないよ」
「でもわかんないよな。龍之介は真面目だから。許せないかも」
「嫌なことばっか言わないでよ」
「そしたらお前は……」

ブー……ブー……
隼人さんが何かを言いかけたけど私の意識は震えるスマホに集中して、一回深呼吸してから耳に当てる。
「えっと、何か言いたいことある?」
自分からかけてきたくせに、その人は私に尋ねてくる。
少しだけ鼻にかかった、優しい声で。

「嘘ついて、ごめんなさい」
「俺たちの為だってわかってるからもういい。今回だけは許すことにした。お前と隼人に免じて、な」
「……うん」

それだけ話したら通話は切れて、私は長いため息をついた。
龍君と和香は、二人の場所に戻ったんだ。よかった。本当によかった。
二人が付き合ってから初めて、心からおめでとうと言える気がした。

私が変な気を回さなくったってきっと二人は乗り越えてたんだ。少し寂しいけどそれが恋人同士なんだね。
「私、本当に余計な事したんだね」思わず呟いたら、骨太で大きな掌に包まれて、筋肉質な腕に目隠しされた。

右耳が心臓の音を捕らえる。少し早い気がするのは気のせい……?
左耳には、吐息と共に囁き声が届く。

「桜が友達の事を思ってしたことなら、間違っててもいい。龍もちゃんと分かってただろ」
意地悪で何考えているのかわからなくて、強引なのに優しい。
泣きたい気持ちが抑えられないよ。

龍君に恋してから、私は一人で泣くようになった。彼女でもない自分が嫉妬するとか、彼を想って涙を流すことは許されない気がして。

……でも、今日でおしまい。
この涙はきっと失恋の涙で、私は長い長い失恋を終えた。

引っ越しにも持ってきたお気に入りの毛布は、いつも私の涙を全部包んでくれた。今ここにはないから……ごめんなさい。今だけ、隼人さんの腕を貸してください……。

涙の意味も知らないだろうに、隼人さんは黙って私を包み込んでくれていた。いつまでも選曲を始めないからモニターでは流行りの曲が紹介され続けていて、月9のドラマの主題歌が流れる。

あのドラマで三角関係はこじれたままらしいけれど、私の心は大嵐の後みたいに晴れ渡っていた。
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