ポイントカードはお持ちですか?

「あ、そうだ!研修は私も一緒なので富樫君を紹介しますよ。彼、今は本庁の農林部にいるんだ。いや~、ちょうどよかった」

余程いいひらめきだったのか、課長の声は大きい。

そうでなくても静かなフロア。
背中の方向がとても気になる。

「課長、その話はまた別の機会にしませんか?研修中だとバタバタしますし」

「泊まりだから夜は時間あるでしょう?」

「絶対飲み会がありますよ」

「そんなのどうにでもなるよね」

うーーーーん。かなり押しが強いな。
そんなにいい人なのかな?

なんだか断り続けている理由がだんだんわからなくなりそうだ。

彼氏がいるわけでもない。
好きな人とは変な空気ばかりで見込みがあるわけでもない。

お見合いも合コンも、いくらしたって構わない身分なのだ。

問題は課長の申し出という居心地の悪さと、45歳という年齢。
あとは、同じ職場という枷だ。

公務員だから、一度採用されれば辞める人はとても少ない。
結婚してもそれは同じで、同期が一人だけ寿退職した時はずいぶん驚いた。

向こうもこっちも退職することは考えにくいから、恋愛ごとで揉めたくない。
これまでだって、職場では一度も恋愛沙汰でこじれたことはないのだ。

大きな組織だけど狭い世界。
恋愛や結婚はもちろん、不倫だ、浮気だという噂も聞こえてくる。

その後その人と同じところに配属されると、どうしても「あー、あの不倫してた人ね」と思ってしまう。

自分もそんな色眼鏡で見られるのかと考えるとげんなりするのだ。

課長だって同じ環境で私より長いこと働いてきただろうに、その辺りの気持ちわかってくれないのだろうか。

それとも絶対にうまくいくと確信でもしているのか。

「とりあえず、研修のことは了承しました。ついでにこっちの決済お願いします」



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