今ならやり直せる
祥子は、夫がまだ完全に動かない身体で必死に書いてくれた離婚届を役所に出す。

当たり前だけど、あっさり受け取られて拍子抜けする。

受け取る人は仕事だから、この一枚の重みを感じてくれと言うのは無理だけど、なんだか切ない。

役所を出ると、秋の気配を感じる風が吹いていて、落ち葉が道路に舞っていた。

今日、役所に届けを出しに来たことを、大木には言っていない。

「いつ、行くの?」とは聞かれていたが

「今度ね」と濁している。

これを出したことで、大木をせっつかせたくない。もう充分だから。

この数年間、私と弦は生活に関して何の心配もなくやってこられた。それは、大木が生活費を入れ、何かあったときにと、カードまで渡してくれていたからだ。

土曜日には、時々弦が好きなファミリーレストランにも連れて行ってくれたり、遊園地にも遊びに行った。

結婚をしている身でありながら、ここまで面倒を見てくれたことに感謝し、これ以上望むことは何もない。

弦の手を強く握る。

弦と大木が居て、平穏な暮らしが出来るならば籍なんてどうでも良かった。

家に戻ると、大木の靴が玄関にある。

部屋に上がり

「来ていたんですね。お茶入れますね」と台所に行く。

大木は、いつも勝手に家には入ってこない。必ず、来る前に連絡が来るので、今日は珍しい。

お茶の用意をしていると、後ろから大木が言う。

「祥子、結婚してくれ」

突然の事で立ち尽くしていると

「妻とは離婚してきた。だから結婚しよう。弦と三人で暮らそう。長い間、待たせたな」

「離婚?」その言葉しか出てこない。

「祥子、この間の離婚届は出してきたのか?」

黙っているわけにはいかず、正直に答える。

「今、出してきた所よ。でも、いいのよ。離婚しなくても。私はこのままでもいいのよ」

大木は祥子の両肩を掴む。

「妻とはちゃんと話し合った。離婚に同意してくれたんだよ。もう俺たちの間に障害はない」

「本当にいいの?」涙が溢れる。

「当たり前だ」

二人は強く抱き合った。

弦は二人を見上げて、不思議そうな顔をしている。

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