豊中まわり
昨日の夜より暖かいが、もう薄暗い。

部活終わりの人ももうほとんどいなかった。

私の高校は門の前にバスのロータリーがあって、そこに評判のパン屋がある。

その近くにバス停用のベンチがあった。

ベンチに座っていた氷上が、私に気づいて立ち上がった。

初めてみる氷上の制服姿は、遠目でもかなりカッコいい。

水色のシャツの腕をまくりあげ、少しはにかんだ顔で私を見た。

「ごめん。来てもらって」

「帰り道だし。話したかったし。」

ポツリという一言が、こんなにうれしいなんて。

校門前はさすがに居ずらいので、近くの公園まで歩いた。

ベンチに座ると無言に耐えきれず、

「なんか照れるね。あっ、私だけかな。
制服、初めて見た。びっくりしちゃった。
学校ですごいモテるでしょー。
またファンクラブとかあったりして…。」

しまった。緊張してしゃべりすぎた。

普段あんまりしゃべらない方なのに。

余計なことまで口に出た。

「深瀬の方が…」

私の方が何?

恋愛経験が少な過ぎて、言葉の真意がわからない。

勉強みたいに正解がわからない。

もしかして話って、やっぱり昨日のこと無かったことにしよう。的な話?

浮かれてたのは私だけだったのかも…

ぐるぐる考えてたら、氷上がうつ向いて話し出した。


「中学の時…
ファンクラブとか言ってるうるさい女子達が…深瀬に何か言ってることに気づいて…
俺が深瀬を好きなこと、友達が言っちゃって。
そのことで深瀬に嫌がらせしてるって聞いて…

俺が好きなことで深瀬に迷惑かけて…
深瀬に迷惑かけるなら、話しかけない方がいいと思って…我慢してた。
でも、卒業したらもう会えない。
高校も違うし。
だから卒業までに気持ち伝えたかった。
俺のせいで嫌な思いさせたこと 謝りたかった。
でもチャンスも勇気もなくて
結局卒業式に連絡先しか渡せなかった…
あの時は、嫌な思いさせてごめんな。」

真面目な顔で、ぽつりぽつりと話す氷上がいた。

話の内容が衝撃的で言葉を失った。

好き…って聞こえた。

私だけじゃなかったんだ。

あの時気持ちを封印したのは。

私が好きなことで、ファンクラブににらまれるていたわけではなかったんだ。

あの頃は本当にツラくて、中学に行く足取りは、重かった。

でも今、氷上から聞いた事実だけで、

辛かった思い出が色を変えた。

暗黒の中学時代の霧が少し晴れた。

「ううん。氷上が悪いわけじゃないし。」

首を横にふりながら、うつむき溢れる涙をこらえた。

「でも、助けてあげられなかった。
あの頃の俺はどうしていいかわからなかった。」

「私は…、私が好きなことがバレてにらまれてるんだと思ってた…。
だから氷上が私と話さないようにしてたのは、
気持ちに応えられないからだと思ってた。」

氷上がびっくりした顔で私を見た。

「意外に両思いだったんだね。」

おどけて言うと、次の瞬間、体を暖かいものが包んだ。

驚いたけど、嫌じゃなかった。

抱きしめられたまま氷上が言った。

「うそじゃないよね?
深瀬は俺のこと何とも思ってないって、ずっと思ってたから。
昨日もパニックでたまたまOKしてくれたんじゃないかって。」

氷上の胸の中は、ドキドキしながらもどこか安心感があった。

そして、ぼんやりと思った。

言葉にしなくちゃ分からないことが、たくさんあるのかもしれない。

いくら心で思っても、言葉で届けないと本当のことは伝わらないのかもしれない。

「ずっと好きなんだ…。だからつきあって欲しい。
昨日ちゃんと言えなかったから。」

氷上が顔を見て言った。

「私も…好きです。付き合ってください。」

二人で顔を見合わせて笑った。

今まで見たこともないような氷上の笑顔が見れた。

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