豊中まわり
長瀬 伊織

初恋

結莉と出会ったときのことは、あんまり覚えていない。

なんせ、幼稚園の入園式だ。

覚えているのは5さいあたりから。

オレは男の子らしい遊びが好きではなかった。

電車や車は好きだけど、男と遊ぶとすぐにとりあいになる。

鬼ごっこは、疲れるし、戦いごっこは一番苦手。

戦って何が楽しいんだと思っていた。

かといって、女の子と一緒にままごと もいやだ。

誰がお母さん役をやるかを揉めて、遊びの時間はだいたい終わる。オレはいっつもお父さんのまま、待たされる。

ままごとにも入らず、ひとり黙々と折り紙を折っていたのが結莉だった。

オレも工作が好きだったので、だんだん結莉といる時間が増えた。

結莉は、他の子と違って、ルールを勝手に決めたり、何かを押しつけたりしない子だった。

静かで、かしこい結莉の隣は、居心地が良かった。

たまに笑う笑顔もかわいくて、オレは結莉とばかり遊んでいた。

親同士が仲が良かったため、よくお互いの家でも遊んだ。

カーテンのうしろや、ソファーのかげで、チュッとキスをしては、二人で笑っていた。

それを見て、親達が、将来結婚したらいいのに…と言うようになった。

結莉が大好きだったオレは、本気で結莉と結婚するつもりでいた。

幼稚園のころは、すごく仲が良かったのに、小学校に入ると、結莉はあまり話してくれなくなった。

たぶん原因はオレにある。

休み時間ごとに、数人のクラスの女子がオレのまわりを取り囲んでいた。

結莉はもともと自分から話しかけるのが苦手。

強そうな女子をかき分けて、オレのところへくるはずもなかった。

オレもオレで、チヤホヤされることに悪い気分はせず、その状況に甘んじていた。

小学校では、結莉としゃべらなくても、夏休みなどの長い休みに遊べばいいや。と思っていた。

しかし、家族同士でどこかに遊びに行っても、前のように結莉が笑顔を見せてくれることはなくなった。

そんな時、あの事件が起きた。

小学3年の秋。

結莉は下校しようと、教室を出た。

オレも結莉の後を追い、階段にさしかかったところで、結莉に後ろから近づくヤツを見た。

そいつは結莉の後ろをついていたかと思うと、結莉の薄茶のキレイな髪に手を伸ばした。

少し触れた時、結莉がびっくりして振り返った。

ソイツはそれに驚き、結莉の肩を押した。

結莉はバランスを崩して、階段から落ちた。

ドシンと鈍い音がして、周りから悲鳴があがった。

オレはあわてて結莉にかけよった。

結莉の額から、真っ赤な血が流れ出していた。

白いの肌から流れ出す真っ赤な血は、オレの脳裏に焼き付いて今でも離れない。

結莉を落としたヤツは、階段の上で茫然と立ちつくし、結莉を見ていた。

ソイツは結莉のことが好きだった。


結莉はその後、転校した。


オレは、結莉に触れることが、なんとなく恐くなり、転校した後は会わなくなった。

まわりには、クラス替えごとに違う女の子がいっぱいいたし。

オレのまわりの女の子は、いい意味でも悪い意味でも特別感がなかった。

誰でも一緒と言ってしまえば、聞こえが悪いが、気楽だった。

結莉のように、触れたら、もう戻れなくなるような女の子はいなかった。

でも、それでいいや。思っていた。
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