ホテル王と偽りマリアージュ
「椿。俺たちも、しよっか」

「え?」


ズビッと鼻を啜り上げながら顔を上げた私に、一哉は口元を緩ませて笑い掛けた。
涙で潤む視界の中で、一哉が魅惑的な微笑みを浮かべて、私を誘惑する。


「周り。みんなキスしてるから」


そう言って、私の返事も聞かずに、一哉が私の唇にキスをした。
ふんわりと重なる唇から伝わる熱に、胸が抉られるようにドクンと疼く。


半分混乱しながら目線だけ動かすと、一哉の言う通り私たちの周りはカップルばかりで、みんなそれぞれ自分たちの世界に入って新年を祝っている。
誰も彼もが、隣り合った人がなにをしていても気にしないような雰囲気。


「なに、椿。キスの途中で余所見とか、余裕だね」


ほんの少し唇が離れた時、一哉は意地悪にそう言って私をからかった。
反論する間もなく、もっと熱く深い情熱的なキスを仕掛けられる。


こんな人前で!と思う気持ちは、一瞬にして消え失せた。
この甘さの漂う熱気の渦の中にいたら、新しい一年をこうして祝うのがセオリーのような気がしてくる。


ここにいるみんなが幸せだから。
私も負けずに貪欲になる。


一哉。
来年も、こうしてキスしながら、一緒に新しい年を迎えさせて。
今以上の幸せを求めて、彼の首に両腕を回した。
< 192 / 233 >

この作品をシェア

pagetop