KAKERU.
すぐだった。

眠った彼女を残して仕事部屋に移動した途端、ドサッと言う物音がした。

嫌な予感を胸に抱いて駆け足で寝室へ戻った。

床に這いつくばる彼女は、血を吐きながら必死で喋ろうとしていた。


『ユキ、どうしたの?ベッドに戻ろう』

平静を装う。
僕が慌ててはいけない。

彼女を守れるのは僕だけなのだから。

ユキの体を起こしてやると口の端には血が流れ息も絶え絶えになっていた。


『結婚した時…子ども…作るって言ったね…』

途切れ途切れに昔の話を持ち出した。
どうしても言いたいことがあるのだと感じて、止めずに聞いた。


『それなのに…私、こんな体で…ごめんね』

そんな謝罪は聞きたくない。
僕に体重を預けて涙を流す彼女を、どうして僕は守れなかったのだろう。
謝るのは僕だ。
守れなくて、ごめんねと。


『ノブちゃんは…また…誰かと恋をして…子どもを産んで…幸せに、なって…ゴホッゴホッ…ゴホッ…』

まるで人生の終わりのように。
ゆっくりと言葉を紡いで。
最後に咳き込んでからはもう、体に力が入っていないようだった。

力の入らない指を伸ばして、そっと僕に触れた彼女はゆっくりと目を閉じ、人生の幕を下ろした。

25歳だった。

呼んでも彼女は返事をしない。

また明日、起こしに来ようとすっかり軽くなった彼女をベッドに寝かせた。


『おやすみ』
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