アフタヌーンの秘薬
「でも口に入れると香りは鼻に抜ける。濃い味の食事のときにはちょうどいいかも」
お茶を一口飲んで感想を勝手に話す私に聡次郎さんは笑っている。
「いつの間にかお茶に興味を持ったのな」
「まあ……龍峯で働いてたら自然と」
「初日には自信がないなんて言ってたのに」
「少しは勉強したから」
「どれどれ」
聡次郎さんは私の淹れたお茶を口に含んだ。
「……まあまあだな」
「またそれ?」
いつもと同じ感想だ。この人は私が何をどう淹れようと褒めたりはしない。
以前にも思ったけれど聡次郎さんはお茶が好きではないのかもしれない。もしくはお茶の味の違いがわからない人なのだろうか。
「聡次郎さんってどんなお茶が好きなんですか?」
「お茶は好きじゃない。コーヒーか、飲んでも紅茶。日本茶は元々好きじゃない」
やはりそうかと納得する。
「でもいつも私に淹れてって言ってくるじゃない」
お茶の淹れ方を知った初日から強制的に淹れさせて飲んだのに。
「梨香の練習のためだよ。俺の婚約者がいつまでもまずいお茶を淹れてたら格好がつかない」
「じゃあどうして龍峯に戻ったの? 格好がつかないと言うならいずれ別れる契約なんてしない方がいいし、飲料メーカーに勤めたままでも……」
そこまで言ってからしまったと口を閉じた。聡次郎さんや龍峯の事情は私には関係ない。契約をしているといっても、私が軽々しく聞いてはいけない事情があるのだと察していたはずなのに。