【完】『轍─わだち─』

「うちのダァはね」

と耀一郎のことをまりあは言う。

どうやらまりあは耀一郎にぞっこんなようで、

「結婚したら引退しようかなぁ」

などと、冗談とも本心ともつかないようなことを言うのである。

こんなに自然な笑顔のまりあは、つばさは見たことがない。

他方で。

あれは欲しい、これは嫌いとハッキリものを言うまりあを耀一郎は、

「なら、まりあの好きなようにしようか」

などと、にこにこと笑みを浮かべながらおおらかに受け答える。

その包容力たるや、ただの大人というにはなにかが違う、どこか冷静で透徹した目さえあった。

「つばささん、誰か特定の人は?」

「実は婚約しまして」

それはおめでとう、と耀一郎は穏やかに、

「今度、小さなお祝いをしないとね」

と言い、プリンに添えられていたコーヒーを飲んだ。



< 22 / 72 >

この作品をシェア

pagetop