君への轍
「……そうかぁ。……まあ……そうやなあ。……うん。そりゃ、ええなあ。」

継父は継父なりの思惑もあり、あけりの思いつきを支持した。

……まあ……継父は飲食店の経営者なので……あけりがずっと自転車競技に明け暮れているよりは、料理にハマったほうがうれしいだろう。

「……つまり、ちょっと早いけど、花嫁修業を始める気ぃになったんやな?」

継父はそんなふうに自分の思惑を誤魔化した。

でも、薫はしゃきーんと背筋を伸ばして、言った。

「いえ!早くないです!あの!あけりさんと!結婚させてくださいっ!」


早っ!

もう言っちゃうんだ。

唖然とするあけりとは対照的に、継父は落ち着いて見えた。

「まあ……そのうち、そう言うやろうとは思ってたけど……ちょっと早いなあ……。……まあ、待ち。先に、水島くんのご両親が、あけりちゃんの身体のことを知ったら反対しはっても仕方ないことやし……こっちにも話さなあかんこともあるし……。」

「うちの両親は、何と言おうと、俺が、いや、私が説得します!」

……うん。

たぶん、薫さんなら、どんなに反対されても、あきらめないだろう。

そういうヒトだ。

まっすぐで、強くて、やさしくて……。

あけりは、頼もしく、そして愛しく、薫を見つめた。


継父は、あけりのその表情で、決意した。

この青年なら、何があっても娘を守ってくれるだろう。

ならば、我々も……この青年を、傷つけてはいけない。

継父は、あけりのためだけではなく、薫のためにも、慎重に話をすべきだと思った。

あけりに任せるつもりだったが……何の計算もなく心情を吐露してしまい、結果、薫を無駄に傷つけてしまいそうだ。

「ほな、まあ、前向きに考えましょか。……ママ。よろしいな?」

キッチンで、母のあいりが力なくうなずいた。

継父は、ソファに掛けるように言って、奥へと引っ込んだ。

ほどなく戻ってきた継父は角封筒を持っていた。

あいりは、キッチンのスツールに身をすくめて座っていた。


「水島さんはもう既に、あけりちゃんの身体のことも、ほんまの父親のことも、ご存知や。それでもあけりちゃんをて望んでくれはるんは、親として、うれしい。な?」

継父はあいりに同意を求めた。

そこは、あいりもためらいなくうなずいた。

薫は、明らかにホッとした。

継父は、薫の表情を観察しながら、言葉を選んで言った。

「もう一つ、水島さんには、言うとかなあかんことがあるんや。……あけりちゃんの相手が水島さんじゃなければ……このことは、我が家では未来永劫、話題にならへんはずやったことや。……よりによって、水島さんを連れて来るんやもんなあ……臭いもんに蓋したまんま、ゆーわけにはいかんねんな。……堪忍やで。あのな、あいりは、2年間だけ、泉勝利氏と結婚してたんや。」

「へ?」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、薫は短く聞き返した。



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