all Reset 【完全版】

 優しい気持ち




雨の匂いがした。

梅雨の走りなのか、厚い雲が空を覆っている。


今日はそんな天気だった。



今週末、亜希は退院することになっている。


日常生活を送ることには支障も出ないと判断した菅野先生が、おばさんに自宅に戻って構わないと言ったらしい。



「亜希もやっと家に帰れるな」


授業を受けた後、俺は直帰で亜希の病院にやって来ていた。


「良平くん」


嬉しそうな顔で俺の名前を口にする亜希。


「ん?」


何かを言おうとしているのか、亜希は小首を傾げて上向く。



亜希の覚える力は予想以上のものだった。


見るもの、聞くもの、とにかく色んなものに興味を持つ。


俺は、そんな亜希に色々なことを教えている。



記憶が戻らなくても仕方ない。


でも、昔みたいな亜希に戻ってほしかった。



うるさい小言を口にしても、いつも『良ちゃん』と傍にいた亜希に……。



「い、え……」


「家? 家って何かってこと?」


訊き返すと、亜希はこくこくと二回頷く。


言いたいことが通じて嬉しいのか、にこりと微笑んだ。


「家が何か、かぁ…そうだな……病院! そう、ここより全然いいとこだよ。亜希が今いる、病院よりはいいとこ」


「いい……とこ?」


「そう。帰ればわかるよ」



一つ一つ説明が必要になる。


これでもやっと会話が成立するまでになった。



事故直後の亜希は、前向きに頑張ろうと思った俺をうろたえさすほど錯乱状態が続いた。


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