櫻の園


演出、という役割は思ったよりもずいぶん大変だった。

なにしろ何をどうすればいいか全くわからないのだ。


(台本を覚えるだけじゃ劇にならないし…)


お風呂上がりの髪からふんわりとシャンプーの残り香が漂う。

家の勉強机に広げた台本の上で、コンコンとシャーペンを鳴らしては、長く息を吐いた。

みんなをまとめて、稽古の進め方を決めて。それに会場も日程も、まだ決まっていない。

学校の力はないのだから。全部あたしがしっかりやらなきゃ、上演なんてできないのだ。


コン、ともう一度、シャーペンの頭を机にぶつけた時だった。

階段の下から、お姉ちゃんの声が響いた。


「桃〜?まだ起きてんの?」

「…っ、はーい!もう寝る〜!!」


バタバタと慌ただしく台本をカバンにしまい込み、布団に潜る。


─あの晩。その次の朝は、何事も無かったかのようにお姉ちゃんはいつものあっけらかんとした笑顔に戻っていた。

朝食に出してくれたコーヒーの甘さも、いつも通りの味だった。


『…"桜の園"は、上演中止だって』


初めて見たお姉ちゃんの涙に、うまく呼吸ができなかった。

あたしの知らないお姉ちゃんがいたこと、あたしの知らない彼女の重い過去があること。


あたしはそんな彼女を、一つも知ろうとはしなかったこと。


あの夜のことを思うと、とてもお姉ちゃんには相談できなかったのだ。


布団の中で目を閉じたちょうどその時。


「───!!」


あたしの携帯が、鈍い振動と共に鳴りだした。

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