伯爵家の四姉妹

公爵令息の独白 ③

アネリから、ルナが訪ねてきたといわゆる、裏ルートで舞い込んだ手紙を見て、フェリクスは仰天した。

アネリは、ルナとの話を詳しく知らせてくれた。
ほとんどの真実と、嘘。
アネリは、フェリクスに恋の駆け引きを教える女性だった、だから屋敷には入れられずウィリスハウスに囲われる形となっていた。
スクールを卒業したてのフェリクスを、深夜につれだし質素な馬車にのせてつくと、そこにアネリがいた。

「つまり、愛人をつくれと?」
ライアンに噛みついたフェリクスに
「いいか、フェリクス。世の中にはアネリのように行き場のない女性がいる。身分と金のある男は、助けることが出来るんだ」
「そんなものは詭弁だ!」
「青臭い事だな。フェリクス、いいかこれは命令だ。ここに通い、アネリと過ごすんだ」
「お前が彼女を拒否すれば、仕事も出来ない彼女は死ぬしかない」
ライアンが囁いた
「…きたねぇ…」
「ふん、汚ないか?フェリクス」


アネリは二人のやり取りを見ていたらしく、ライアンが去ったあと
「公爵は、どう過ごすかまでは私に命じられていませんわ。閣下」
「…何が言いたいんだ?」
「つまり、表向きというのには語弊がありますけれど、愛人だと思わせておけば、ここでの過ごし方は私達に任されているんです」
「時々ここにきて、過ごせばいいということか?」
アネリは微笑んでうなずいた。

はじめのうちは、フェリクスはアネリと話もしなかった。
アネリと週に1度と約束を決め、父がウィリスハウス専用の御者を決めていたので、その馬車で通うことになっていた。

アネリはフェリクスを笑顔で出迎えたが、それ以外はフェリクスの邪魔にならないように、近くでいるだけだった。

根負けしたのはフェリクスで、
「なぁ、ほんとにこれでいいのか?」
と聞いた。
くすっとアネリは笑うと、
「私のレッスンを受けられる決心はつきましたか?シルヴェストル侯爵閣下」
「その名で呼ぶな…」
うんざりとフェリクスは言った。名ばかりで何の権限もあるわけではない。
ライアンの持つ爵位の1つにすぎない。
「閣下に教えよと言われたのは、女性との付き合いかたです」
アネリの言葉は予想通りだといえた。
「閣下はここで、飲み物に簡単に手をつけられましたけれど、ここに怪しげな物が入っていたらどうします?」
キラリとアネリの目がフェリクスを見た。
「なんだって?」
「閣下は公爵家の跡継ぎで、しかも見目麗しい男性です。女性に狙われるとご自覚はおありでしょう?」
「ある」
「思いあまった令嬢の中には思いきった手段を用いて、一夜を共にするレディもいますのよ」
フェリクスは息を飲んだ。

そうして、ぽつりぽつりと話をするようになり、何年かたつとフェリクスは姉のようにアネリに情を覚えていた。
アネリは、レディたちの会話のうまい逃れかたや、その気にさせない言動の話をフェリクスに教えた。

そして、わざと時おり誘惑をして見せたりしたことがあった。
「たとえ愛がなくても、そういうことは出来るんですよ?」
フェリクスは柔らかなアネリの体を押し付けられた
「それは駄目だ、俺は表向きだけだと最初に決めた」
「お父様のご命令でも?」
「そうだ」
「ここには私たち二人きり…誰も知らないし、軽蔑したりしないわよ?」
「俺は、自分を軽蔑したくない」
「これでも、私を拒絶する?」
アネリは、フェリクスの頬に手をあて顔を寄せた
フェリクスはぐっとアネリを離して、
「よせ、アネリ。俺のことを好きではない事はわかってる。心にもないことをするな」
「あら、私は好きよ?」
「弟みたいにね」
とフェリクスは言った。
「…そう言うなら、いいわ、合格と言っておいてあげる」
「は?」
「公爵閣下は、息子が跡継ぎが成せるか私にお尋ねになったの」
「あの、くそ親父か」
「ちゃんと大丈夫って言っておいてあげる」
くすっとアネリは笑い、それ以降はよき相談相手であった。

しかし、二人きりの時間を多数過ごした事で声を大にして潔癖だと言ったところで、誰が信じるだろう。

気がつけば長くなっていたが、もっと早くにアネリを自由にするべきだった。しかし、ウィリスハウスの空気が心地よく失念していたのだ。

手紙の最後には、ウィリスハウスを引き払い、ライアンの用意したどこかに引っ越すと最後は締め括っていた。
たっぷりのお金をもらったから、裕福で自由な未亡人の生活を満喫すると前向きな一文にフェリクスは笑った。

裕福な未亡人にはとても楽しく過ごしている女性が多いと聞いていた。
フェリクスは最後に長々と手紙を書いて、破り捨て感謝すると一文のみをカードに書き、また裏ルートで返した。
あの居心地がいい屋敷はもう無い、

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