【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

幸福と悲しき日々の始まり

腕に抱いた赤子へ微笑みながら精霊の国の門をくぐるキュリオ。彼のために開かれた門の向こうには悠久の家臣と思わしき人物が数十人待機しており、強張った表情からは激しい緊張の色が感じられたが、主の穏やかな雰囲気から事態が好転したことを悟った彼らは歓喜の声を上げ始める。
 やがて一行の背が見えなくなると、静かに閉じられた門の内側では二人の精霊が立ち去ることなく独り言のように呟いた。

『……悠久の王があのように慌てられる姿を初めてみた……』

光の精霊である彼女は精霊王の使いとして幾度となくキュリオと対面しているが、いつも目にする悠久の王は冷静で纏う空気はとても穏やかなものだった。

『それだけ大切なお方を見つけられたということでしょう』

本来ならば消えかけた人の命を治癒の力でキュリオが長らえてやることはあっても、他の王を頼ってまで命を取り戻そうとするのだから、あの赤子に抱いた感情が類を見ないほどに特別なものに違いなかった。

『……我が王にもいつかそのような御仁が現れるだろうか……』

『どうでしょう……』

長年エクシスに仕える彼女らでさえ、彼が笑った顔は一度も見たことがない。かといって不満を言うわけでもないため精霊王が何を望み……何を感じているのかもわからないのだ。

『……所詮"人"と"精霊"では互いのぬくもりを感じることが出来ない』

『ですが、御仁が王ならば話は変るのでは……』

光の精霊の呟きに反論した水の精霊。だが、そんな事は万が一にもありはしないだろう。

『この世界の王は後にも先にも男』

『……ですね』

光の精霊の正論に、仮説を立てた水の精霊の言葉があっけなく落ち込んでしまう。そして人間と触れ合うことの出来ぬ精霊に、人と交友を築けというのも酷な話なのだ。
だが、"こうして頼ってくる御友人がいるだけで我が王には十分な進歩かもしれない"と光の精霊はそう思わずにいられない。

そういうのも悠久の王・キュリオと交流を持つ以前、エクシスは今以上に物事に無関心だった。昔から他国の王とかなり距離を置いている部分があり、結局最後まで顔を合せず退位してしまった国の王もいるほどなのである。

『神殿に戻る』

『……はい』

光の精霊の言葉に頷いた水の精霊は彼女の後を追って深い森の中へと消えていく。

――空には日の光が満ちはじめ、新しい朝と風を運んでくる。そして小さな赤子が夢に殺される事なく、命を繋いだこの日――

ある者にとってはとても幸福な日々の始まりで

またある者にとっては……

辛く悲しい日々の始まりとなってしまったのだった――。

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