【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「アオイ、私が怖いかい?」

「…………」

アオイが視線を彷徨わせたまま口を閉ざすと、わずかな波風が立ってキュリオの心をざわつかせる。思い通りにならない苛立ちから徐々に小さな体を抱く自身の手に力がこもり始めると、驚いたアオイは不安と戸惑いに大きな瞳に涙を浮かべた。

「ぅ、……ひっく」

「……っ!」

彼女の涙に目を見開いたキュリオは、ようやく自我を取り戻したように頭を振ってため息をつく。

「……私はまた……。すまないアオイ」

小さな体を優しく抱きしめ、労わるように彼女の濡れた目元に口づけを落とす。さらに謝罪の言葉を囁こうとすると――

『キュリオ様、おやすみのところ失礼いたします』

扉の向こうから聞こえたのは申し訳なさそうな家臣の声だった。

「……急ぎの用か?」

(いまアオイと離れるのは気がかりだ……)という心の声を押し殺しながらもキュリオは家臣に続きを促すよう言葉を発した。

『はっ! エデン王がお見えですが、いかがなさいましょう』

「わかった。直ぐ行く」

『畏まりました。エデン王へ伝えて参ります』

足音が遠ざかるとキュリオはアオイの体を枕に寄りかからせ、なるべく彼女から目を離さぬよう気をつけながらクローゼットに手をかける。丈の長い白い衣を取り出すと、手早く着替えを済ませた。

「少し待っていてくれるかい?」

「…………」

涙に潤んだ瞳を向けるアオイにズキリと心を痛めながらキュリオは彼女を腕に抱き部屋を出ていく。そして部屋の前で待機していた女官へアオイを預けると、颯爽と階段を降りていく。下の階まで来ると先ほどの家臣が静かに近づいてきた。

「お待ちしておりましたキュリオ様。エデン王は庭園におられます。ご案内いたします」

「あぁ」

頷いたキュリオは爽やかな朝の空気が漂う中を、心を入れ替えるように毅然とした態度で歩く。
やがて前方に見えた<雷帝>の姿に、ここで下がるよう家臣へ合図を送る。

「待たせたね。エデン」

近づきながら声を掛けるが、一瞬遅れた彼が悲痛な面持ちで何かを見つめていたことに気づく。

「なにか気になるものでも見つけたかな?」

「……キュリオ殿」

呼びかけに振り返った雷の王。いつもと変わらぬ凛々しい<雷帝>だったが、彼とは何の結びつきもないであろうひとつの記憶がキュリオの脳裏に蘇る。

『”とある女性がこの花に似たその王に想いを託して贈ったもの”とだけ聞いている』

(なぜいま先代の言葉が……)

日の光を浴びたエデンの髪と瞳がまるで太陽を思わせる色だからだろうか? 妙な胸騒ぎを必死に拭い去ろうとするキュリオ。

「……いや、なんでもないんだ。
先日は申し訳なかった。大臣の返事に不備はなかっただろうか?」

「あぁ、こちらこそ急に悪かったね。迅速な対応に感謝しているよ」

ふたりは握手を交わすと、先ほどエデンが見ていた大輪の花へと視線をうつす。

「そういえばエデン、君はこの花に見覚えが……?」

探る様に言葉を選びながらキュリオは彼に質問を投げかける。
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