【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
キュリオに飛びついたこの少女は女神一族の中でもっとも権威のある直系の血筋で、その家の五女にあたる娘だ。彼女の名はマゼンタ。あまりにも年若いせいで王であるキュリオに臆することなく接し、いつも周りを冷や冷やさせる要注意人物だった。
そんなマゼンタは明るい茶色の髪をリボンで結び、身に着けた派手なドレスや首飾りはどうみても特別にあつらえたものだとわかるほどに高価なものばかりだった。

小さな彼女は喜びを全身で表現するようにキュリオの胸元へ顔をよせ、先ほどから頬ずりを繰り返している。当のキュリオは大事な赤子を潰されまいと両手でアオイの体を高く抱え直していた。

「君は……マゼンタ」

なにも特別だから彼女の名を覚えているわけではない。ただ悠久の一民としてその名を覚えているに過ぎなかった。

しかし――

「嬉しいキュリオ様っ! 私の名前を覚えていてくださったのねっ!?」

頬を染めきゃあきゃあと騒ぐ彼女を追いかけ、後方から従者と思われる年老いた男が息を切らせて走ってきた。

「ご、五の女神様……っ! キュリオ王になんてこと……を……っ!!」

卒倒しそうなほどに驚愕する執事をよそに、マゼンタと呼ばれた少女はいつまでもキュリオの胸元にぶら下がり続けキュリオのぬくもりに酔いしれている。

「も、申し訳ございませんっっ! キュリオ様っっ!!!」

ぶら下がる彼女を引きはがそうとしたが、マゼンタの腕は緩むことなくキュリオをとらえて離さない。

その時――

「いい加減にしなさい! マゼンタッ!」

落ち着きのなかに強さを秘めた女性の声が響き、長女のウィスタリアが現れた。彼女は柔らかい藤色の装飾にその身をかため、仕草や話口調がとても穏やかな大人の女性である。

「……君も来ていたのか。ウィスタリア」

彼女が現れたことで、しぶしぶ口を尖らせながらもキュリオから手を離していくマゼンタ。その頭上ではようやく解放され、不機嫌そうな溜息をつくキュリオがいる。

「……っはい、ご無沙汰しておりますキュリオ様。こんなに朝早く……っ本当に申し訳ありません」

すまなそうに頭を下げるウィスタリアだが、それでもキュリオに会えたことが嬉しい彼女。俯きながら赤くなった頬を隠すので精一杯で、自然とほころんでしまう顔を引き締めることが出来ずにいた。

「…………」

ふと静寂があたりを包むとウィスタリアは我に返り弾かれたように顔をあげた。目の前に立つ麗しい王は無表情のままこちらに目をむけており、少なからず彼の気分を害していることは明らかだった。

「……そ、そのっ……」

口下手なウィスタリアは戸惑い、キュリオに会えた喜びから一転……困惑の表情へと変化していく。

「…………」

いつまでも次の言葉が出てこない姉の顔を覗きこんだマゼンタはしびれを切らしたように声をあげた。

「なによ私ばかり悪者にしてっ!!
キュリオ様に会いたくて保護者のふりしてついてきたウィスタリアが一番ずるいわっ!」

腕組みをし、苛立ちを隠せずにいる彼女は自分ばかりが悪いのではないと言いたげな様子で鼻息荒く捲し立てる。

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