【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「別に今に始まったことじゃねぇしな。俺はやりたい時にやるって決めてるんだ」

彼は遥か昔から続く二ヵ国の因縁の戦いのことを言っており、それは平行線……どころが度々衝突を繰り返しているのだから癖が悪い。

「ふふっ、素直じゃないね。わざわざ不利な昼間を狙って行ったっていうの?」

「……チッ」

マダラの鋭い突っ込みに押し黙ってしまったティーダ。彼はふてくされたように顔を背け扉へと向かい歩みを進めていく。

「……正当な理由があるなら手助けしないこともない。実行する前に僕に教えてよ」

と、思いがけない冥王の申し出にヴァンパイアの王は立ち止まる。

「そうか。なら……あと数十年後に頼むかもしれねぇな」

フッと意味ありげに笑みを浮かべたティーダの瞳には幼い少女が美しく成長し、こちらに微笑んでいる姿が幻のようにうつっていた――。

「…………」

 漆黒の青年が吸い込まれていった床をじっと見つめるアオイ。自分を守ってくれた優しい腕と驚いたように見開いたあどけない彼の瞳。そして己を貫こうとする気高き孤高のオーラ。
それはキュリオのように器用な優しさではないが、アオイには彼の不器用な優しさが心に波紋を落とすようによく響いた。

―――と、次の瞬間……

『アオイッ!!』

彼女の背後から銀色の光があふれ、叫び声とともに神剣を引き抜いたキュリオが室内に飛び込んできた。

「……っ!?」

怒りに顔を歪めたキュリオの目の前に広がったのは血にまみれて倒れている女官の痛々しい姿と――、それ以上に大怪我を負い、壁にめり込んだウィスタリアの姿だった。
すぐさま銀髪の王は後方に待機する侍女たちへ治療にあたらせる魔導師を呼びに行かせると、キュリオは血の気が引く思いで一歩、また一歩と室内を歩きはじめる。的中してしまった嫌な予感に神剣を持つ手が震えている。

「……アオイ……?」

血の海の中に大切な赤子が居るのではないかと足元を注視する。
すると問いかけに応じるように気落ちした幼子の声がキュリオの耳に届いた。

「んぅ……」

「……っ!」

神剣を手放したキュリオは勢いよく彼女の元へと駆け寄り膝を折ると小さな体を力いっぱい抱きしめる。あたたかな彼女のぬくもりに激しく早鐘を打つ心音を落ちつけようと、安堵感を求めてその小さな体に顔を埋めた。
 
すると、ふわりと香る彼女の甘い匂いの中にわずかな血のにおいが鼻をかすめ――

「……まさかっ……お前、怪我を……」

恐る恐る顔を離したキュリオは髪で隠れている彼女の目元をそっと指先で梳いた。そしてあらわになったのは、まだできて間もないであろう鮮血の滲む目元の深い切り傷だった。
ハッと息をのんだキュリオの瞳は悲しそうに揺れて、胸の痛みを押し殺すようにキュリオは強く拳を握りしめ呟いた。

「すまないアオイ……」

(忌まわしきヴァンパイアがっ! 私のアオイに一体なにをした!!)

「ティーダ……!」

怒りに震えるキュリオの声。
その凄まじさにアオイは肩を震わせ、少しの怯えを見せたが……聞き覚えのある"ティーダ"という音に赤子は大きく目を見開いた。


"――俺の名はティーダ。キュリオと敵対してるヴァンパイアの王だ"


――穏やかな彼の眼差しが浮かんでは消える――……


「……んぅっっ!!」

突然激しく手足をバタつかせたアオイにキュリオは驚いている。

「アオイ……?」

銀髪の王の腕を抜け出そうと激しく暴れる彼女を危うく取り落としそうになったキュリオは眉間に深い皺を刻みアオイの体を抱き上げ扉を出て行こうとする。

「お前のワガママは極力聞いてやりたいと思っているが……この腕から逃れたいという願いは聞き入れられない」

言葉もわからぬアオイに声を下げて警告するキュリオの瞳はまるで彼女の体から自由を奪っていく氷の枷のように冷たく重いものへと変わりつつあった――。
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