【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
やがて駆けつけた魔導師らの治療により、負傷した女官とウィスタリアは無事目を覚ますこととなる。
そして血まみれで倒れていた女官の証言によりウィスタリアの奇行が明らかとなり、彼女は想いを遂げるどころか城への出入りを生涯禁止されてしまう。

 女神一族の直系であり、その手本となるべきである彼女の行動に不信感を覚えたキュリオはますますアオイを手放そうとしなくなってしまった。
赤子を四六時中腕に抱き、時にキュリオの腕を脱出しようと試みるアオイの行動は彼の手によって悉(ことごと)く阻止されてしまう。

「…………」

キュリオは時折悲しそうに自分を見上げるアオイの眼差しに胸が痛んだが、危険な目に合わせたくないという強い想いが心を支配していた。

「このままでは足腰が弱い御子になってしまいますぞ?」

心配したガーラントが気遣わしげに近づいてきた。

「心配は無用だ。私が彼女の手足になれば済む話だろう」

早朝の日課となっている中庭の散策に出向いたはずが彼の視線は腕の中の赤子ばかりへ集中している。以前にも増してアオイの執着が強まったこの美しい王に対し、大魔導師は少なからず危機感を覚えていた。

「……キュリオ様、それはまっとうな考えではございませぬ。
こうしていられるのも姫様がまだ赤子だからこそ。子供の成長は早いですぞ? アオイ様もそのうち一人でお歩きになられる」

「アオイが歩もうとするのを妨げるつもりはない。ただ……」

「彼女に危害が及ばぬよう、私がずっと傍にいて守ってやりたいだけさ」

そう言ったキュリオは数日前に深く傷ついた赤子の目元を優しく指先でなぞる。彼の力によりその傷はすぐに癒され、傷跡も痛みさえも完全に消え失せていた。
キュリオの腕の中、目元をなぞられたアオイは彼の上着をキュッと握り大きな瞳を瞬かせている。

「…………」

(傷は治癒しているが疼くのだろうか……)

痛がっている様子はないため心配には及ばないかもしれない。しかし、さらに気になるのは目に見えない場所への悪影響だった。

(襲われた恐怖心がいつ彼女の精神を支配するかわからない。しばらくは目を離したくない……)

「ウィスタリア殿の件、姫様は本当にお気の毒でしたが……二度とそのようなことは起こさせませぬ」

どのような意図があってウィスタリアがアオイを襲撃したのかはわからない。だが、彼女がキュリオへ儚い想いを寄せていたであろうことは女性ならばなんとなく見当がついていた。むしろ気づいていないのは、彼女に対し微塵の興味も持ち合わせていないキュリオだけかもしれない。

「……だといいがな……」

女官の証言によりウィスタリアの行動に問題があったことは明らかだ。けれどもヴァンパイアの王がそこにいたのもまた事実。
いずれにせよ女官が倒れたあとの詳細が不明なため、ティーダの目的がわからず仕舞いなのだ。ウィスタリアが重篤だったのは彼の仕業であると考えられるが――

(……奴がアオイを守った? まさかな……)

キュリオは思案を巡らせるも出口が見つからず、どうしたらよいものかと柔らかなアオイの髪をそっと撫でる。
黙ってしまったキュリオにガーラントの言葉は続いた。

「キュリオ様はご公務もありますゆえ、姫様を連れて出歩くことも難しくなりましょう」

「……そろそろ潮時か……」

「姫様付きをそろそろお決めになってはいかがですかな?」

大魔導師の提案は以前、<雷の王>エデンが言っていたことだ。そしてそれはキュリオも同じ考えで……

「あぁ、アオイの体調に変化がなければ彼女と年の近いあのふたりをと、私も考えていたところだよ」

「ふむ、あのふたりとは?」

初めて耳にしたキュリオのその言葉にガーラントは食いついてきた。

「エデンも随分気に入った様子でね。
これからの悠久を支えてくれる、あの若い剣士と魔導師さ」


”俺の独り言だが、悠久の使者として来たチビたちだが、なかなか良い目をしていたと思う”


「なんと……ふぉっふぉっ! カイとアレスのことですな!?」

彼らを孫のように見守っていたガーラントは嬉しそうに目元をほころばせ、キュリオの意見に賛同して声をあげる。

「キュリオ様、アオイ姫様のためにも大変よろしい選択じゃと思いますぞ。
正義感の強いカイに、賢く治癒の心得があるアレスならばきっとお役に立てますのじゃ!」

俄然やる気を出した大魔導師は力強く拳を握りしめ、急いで知らせに行こうとキュリオに背を向ける。

「待ってくれガーラント。私も今回の件で色々考えさせられることがあった。明日の朝、まずは城の者を集め彼女の紹介を兼ねて皆に頼みたいことがある」


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