【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
――雨に濡れたキュリオが見慣れぬ青年を抱え城に戻ると、待機していた大臣や家臣、女官や侍女たちが一斉に頭を下げ両脇へ並んだ。

『お帰りなさいませ! キュリオ様!!』

たいぶ夜も深まった時刻だというのに皆主の帰りを待ち、出迎えをと顔を揃えていたのだ。

『皆、遅くにすまない。詳しいことは明日説明するが、彼の名はダルド。私の友人だ』

『ようこそダルド様!』

ダルドの変わった容姿にも眉をひそめることなく、警戒心のない笑顔を向けてくれた人間にさえ戸惑ったダルドは早々に口籠ってしまった。

『……え、えっと……』

数多の眼差しを受けた彼は自分の意志とは無関係に強張る体と彷徨う視線に抗いながらも、勇気を振り絞ってこの場にふさわしい言葉を探しながら顔を上げた――が、決定的なもの目にしたダルドは一瞬にして凍りついてしまった。

『……っっ!! ……ぼ、ぼくっ……』

『……?』

声を震わせ、一歩二歩と後ずさりするダルドに気づいたキュリオ。

(……なにを怯えている?)

人型聖獣の彼の視線を追って目の当たりにしたのはキュリオにとっても身近なものであり、この国を守る立場にある者ならば必要不可欠なものだった。

(……原因は門番の腰にある剣か……)

『彼を客室へ案内しておくれ』

『かしこまりましたっ!』

弱った彼を刺激せぬよう、この場から遠ざけることに決めたキュリオの声に進み出た侍女へついて行くようダルドに言い聞かせる。
黒髪の侍女は歓迎の意を込め満面の笑みでダルドに一礼したが、ダルドはまるで……すがりつくように寂しげな瞳でキュリオに訴える。

『い、いやだ……っ、……キュリオと離れたくない……っ!』

『ダルド、君が怯える理由はわかっている。
しかし、人の世を理解してもらうためには通らなくてはならない道があるんだ』

『……り、りかい……?』

『あぁ。だから私を信じてくれたように、ここにいる者たちを信じてもらえないだろうか?』

『…………』

(キュリオを信じたように、皆を……)

――目の前に広がった小さな波紋はまるで自身の心をうつしたように揺らめいて、ダルドは複雑な気持ちを拭い去るように湯の中に全身を沈めていく。


彼はまだ迷いの中にいた。


あの時キュリオが助けに来てくれなければ、猟師(キニゴス)たちにこの身は囚われ……力のないダルドはいとも容易くその命の灯を消されていただろう。

(ぼくは……人間がこわい……彼らのもつ剣も弓もっ……)

暗闇の中、ギラリと不気味に光る猟師(キニゴス)たちの刃を思い出し、またダルドの体は小刻みに震えてしまう。

(……どうしたら、いいの……っ……)

零れ落ちた涙はキュリオの力が満ちたこのあたたかい湯に溶けて、傷ついた彼の心と体を慰めるように優しく包み込んでいく。

(……ごめん、キュリオ……)


――ごめん――……

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