【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 こうして再び手を取り合ったキュリオとダルド。
ふたりで戻った悠久の城では、待ちわびていたあらゆる城の従者たちが笑顔で出迎えてくれた。
城の主が真夜中に従者を引き連れ飛び出す理由は誰もがわかっている。悠久の地を支配するこの美しき王は、常にその注意を国全体へと向けており、不穏な動きを察知すれば自身の目で確かめるべく現地へ赴く。

――そして今宵、そこから連れ帰ったとみられる白銀の彼はひどく怯えた瞳をしており、人間に対する警戒心は相当なものだった。城に仕える者たちは、この人型聖獣の人生がどうであったかまではわからないが、人間から迫害を受けていたであろうことは容易に想像がついた。

「おかえりなさいませダルド様っ!」

「……う、うん……?」

ダルドはもしかしたら人の言葉でいう"おかえりなさい"の意味がわからないのかもしれない。
人間を恐怖の対象としてみることしかできず、怯えながら姿を隠し続けた人型聖獣の悲しみは計り知れない。それでも、はにかみ気味にキュリオの隣りに立ちながら顔を赤くしているのは、発せられた言葉と笑顔のあたたかみが心に届いたからに違いなかった。

「ね、ねぇキュリオ……こういうときは、なんて答えればいい……?」

恥ずかしそうに上目使いでこちらを見上げる彼の瞳にキュリオは柔らかく微笑む。

「ただいま、と。ここはもう君の家でもあるのだから」

「……わ、わかった」

わずかに震えてみえるのは、怯えからではなく一斉に集まった視線を受けての緊張であることが伝わってくる。かつてのダルドなら逃げ出してしまったかもしれない。だが、それをしないのは彼の心が少しずつ開かれている証拠だった。

「ただいま……」

消え入りそうな声で呟いた彼の言葉は不思議と皆の耳に届く。やがて、一瞬の静寂ののち――……
ワァッと上がった歓声。
あっという間にダルドの周囲を女官や侍女らが囲み、その合間を縫って駆けてくるのは、のちに<大魔導師>となる若き日の魔導師・ガーラントだった。

「キュリオ様! おかえりなさいませっ!」

「あぁ、ガーラント」

人伝(ひとづて)に聞いたのだと思われるが、ダルドの変化に驚いたのは彼も同じらしい。
すでに魔導師として目を見張るような頭角を現していた青年は恍惚の眼差しでキュリオを見上げ、"彼との間になにがあったのか"と急かすように聞いてくる。

「……人によって負わされた傷は人にしか癒せない。もし彼が聖獣と共に生きる道を選んでいたら……ダルドは二度と人間を信用できなくなる。聖獣と共に歩むことが悪いわけではない、しかし――……」

「ダルドがその自らの足でこの地までやってきたこと、そして……"人型の聖獣"であることに偶然では片付けられないものを感じた」

「お体が冷えてしまったでしょう? ささ、もう一度湯殿へご案内いたしますわっ」

腕を引かれながら城へと足を向けるダルドの後をふたりで付いて行く。時折、戸惑ったように振り返るダルドの瞳はキュリオの姿を探しており、銀髪の王が微笑み返せば安心したようにまた歩き出す。

「その深いお考え……さすがです」

「……いや、心を開く勇気は相当なものだったはずだ。これが彼の本当の強さなのだろう。最後はそれに賭けたが、それ以上に私自身、彼の仲間でありたいと心から願ったよ」

王の言葉を聞いて神妙な顔つきとなったガーラント。
目標とするにはあまりにも畏れ多い存在でありながら、弱き者へ慈しみや気遣いを向けるときのキュリオは立場を越えて気安さをみせてくれる。

「ダルドはまだ右も左もわからぬ人の子と同じだ。気にかけてやっておくれ」

「は、はいっ! 喜んで!!」

キュリオはこの才能ある若き魔導師へ少なからず期待をかけており、彼に対する信頼は人一倍だった。だからというわけではないが、自分の目の届かないときにダルドの傍に彼が居てくれれば安心できる。

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