【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
再び隣りの部屋へと籠り始めたロイ。
 キュリオはアオイを膝の上に座らせながら向かい合って穏やかに話し始める。

「そうだ。ロイに頼んでお揃いの上着を誂(あつら)えてもらおうか」

 全く同じデザインである必要はなく、仕様する布や飾りに共通するものがあればそれだけでキュリオは満足だった。

「んきゃぁっ」

 嬉しそうに手足をバタバタさせたアオイはキュリオの胸元へ顔を埋め、同意するように頬を染めて笑う。
 いままで誰かと生活をともに……などと考えたことのないキュリオは、アオイとの幸せな日々を楽しむようにたくさんの思考をめぐらせていく。

「ふふっ、私も嬉しいよ。食事の好みはどうだろうね?」

 キュリオは侍女らに用意させておいたミルクボトルを手に取り、もう片手でアオイの体を支えながらミルクを与える。
 最初は勢いよく喉を鳴らしていた赤子だが、半分ほど飲み切ったところで変化が現れた。愛らしい瞳がゆっくりと閉じていき、やがて完全に塞がれてしまったそれは赤子を優しい夢の世界へと誘ってしまった証だった。
 
「健やかに育つためには睡眠も重要だ」

 キュリオはアオイを静かなところで眠らせるべく一度自室へと引き返し、小さな体をベッドへ横たえて赤子の髪を撫でる。

(……成長が待ち遠しいからと言って急いではいけないな。彼女はまだ生まれ出て間もない赤子なのだから)

 指先に感じる柔らかな感触にまどろんでいた手を放して窓辺へ寄ろうとすると、ゆったりと上下する丸みのある体がころりと寝返りをうって鼻を鳴らしたアオイの手が宙を彷徨う。その眦(まなじり)にはうっすらと涙が浮かんでおり、いたたまれなくなったキュリオは急いで彼女のもとへ戻った。

「私はここにいる。安心しておやすみ」

 彷徨う小さな手を包んで間近で囁くと、馴染みのある声と体温を感じた赤子の体からは幾分力が抜けたようみえた。
 
「……ぅ、っ……」

 ひと声あげたアオイはキュリオの片腕にしがみつき、完全にホールドされてしまった銀髪の王は戸惑いを見せるどころか胸の奥から滲みでる確かな熱に目尻を下げた。

「ずっと傍にいる。どこにも行かないと約束しよう」
 
 腕に縋(すが)る幼い手に優しく唇を押し当てたキュリオは赤子へ誓うように呟いた――。


 ――そして清流にてダルドがカイの剣を磨いている頃。

キュアァアア――……

 新たな命を誕生させた魔導書がまばゆい光を湛えて上品な産声をあげた。

「……アレスの武器」

 磨き終わったカイの剣を鞘へおさめて魔導書のページを開く。すると魔方陣の中から光の鎖のようなものが現れ、まるで子供をその懐に抱きしめようとする母親の手のように優しく剣を包むと魔法陣の中へと吸い込まれていった。
 やがて光が消えると空白だった陣の中心には剣の紋様が出現し、彼の武器がそこにあるのだとわかる。

 ダルドは魔導書のページをさらにめくり、完成した杖の魔方陣を開く。

――ザァアアッ

 やがてあふれる出る光の泉からは先端に美しい宝珠を掲げた魔導師の杖が姿を現した。ダルドと魔導書が生成する武器に二つと同じものは存在しないため、その姿形もダルドは初めて目にするものだった。

「うん。良い輝き」

 カイの剣は純粋で活きの良い光をたたえていたが、アレスのこの杖は落ちついて知的な輝きを秘めている。

「お前も磨いてやろう。おいで」

 あまり笑顔を見せたことのないダルドだが、自分が生成した武器はやはり特別なようだ。
 アレスの杖は彼の言葉を理解したように大人しくその身をダルドへ預けると、彼は産湯へ赤子を入れるように優しい手つきで杖を磨いた。すると清流に身を清められた杖はまるで喜びを表すように輝いてダルドの笑みを一層深める。

 しばらくして磨き終えた杖を魔導書へおさめると、日の光が土を照らす匂いが徐々に弱まりはじめ、西の空を見上げれば燃えるような黄金色の波が広がりを見せていることに気づいた。

「――もうすぐ日が暮れる……。そろそろ戻ろう」

(あとはアオイ姫の髪飾りだけ)

 ダルドは使い慣れたバッグと魔導書を抱えると、夕日を浴びた岩や木々を飛び越えるように森の中を駆け抜けていった――。

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