【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

危険な王

「<冥王>とはマダラ様のことですか……?」

「……っ……」

古びた杖を強く握りしめ険しい顔のまま口を噤んだ<大魔導師>。すると彼の纏う空気が一変し、アレスの鼓動は異音を唱える。
やがて口を閉ざした彼にかわり……目を伏せたキュリオが"そうだね"と呟いた。

「……顔を合わせるな、とは……マダラ様のお力が関係しているのですか?」

アレスが詳しく聞こうと身を乗り出すと同時に扉がノックされ――

『キュリオ様! お茶のおかわりをお持ちいたしましたっ!!』

「……あぁ、入りなさい」

「え……?」

急かすような侍女の声に笑みを浮かべ入るよう促したキュリオ。
茶の用意を終えた女官が退出してまだ幾らも経っておらず、目の前の紅茶にはまだあたたかな湯気が柔らかく立ち上がっている。
重要な話の最中に人の出入りを嫌うのは誰だって同じはずだが、甘んじてそれを受け入れた王にアレスは目を丸くし、次に展開する光景に驚きを隠せない。

『はいっ! 失礼いたします!!』

――ガチャッ

キュリオの承諾を得て、銀のトレイにさらなる軽食と飲み物を手にした数名の侍女が勢いよく室内へとなだれ込んできたからだ。

「お嬢様っっ!!」

「……え、お嬢様?」

事態を飲み込めず彼女らの気迫に圧倒され一歩、二歩と後ずさりするアレス。
その群れは、ある場所へ一目散に駆け寄り、中心に居たキュリオの姿はたちどころに見えなくなってしまった。

「……よかった……っお嬢様……!」

女官から事の経緯を聞いて心底安堵したらしい侍女らの目には涙があふれ、"お嬢様"と呼ばれた赤子は笑顔を咲かせる。

「きゃぁっ」

そして喜ぶような声をあげ、ケラケラと笑っている姿に周りの空気がどんどん和らいでいく。
 やがて侍女へ赤子を預けたキュリオが再びふたりの視界に戻ってきて――

「話の途中ですまない。マダラの話だったかな?」

「……あ、いいえ……」

雰囲気に呑まれたアレスは気の抜けた言葉を返し居住まいを正す。

「気をつけなければならないのはどこの国も同じだ。加護の灯があれば手は出してこないさ。
……それでも不安なら別の者へ頼むから無理はしなくていいんだよ」

あくまでキュリオはアレスの意志を尊重しガーラントの説得にまわったのだ。
しかし、この小さな魔導師が望まないのなら無理に行かせるつもりはない。

まだ年端もいかぬ新参者に理解を示す銀髪の王。その懐の深さに王の寛大さ、偉大さを改めて思い知る。
アレスは己を奮い立たせるように大きく頭を振り……

「いいえっ! 私に行かせてくださいっ!!」

と立ち上がり勇んだ。その声に振り返った侍女たちは――

「帰ってきたら<料理長>に御馳走頼んであげる!」

「ひとまわり大きくなって戻っておいでっ!」

明るい声援を投げかけてくれた。「はいっ! 頑張ります!!」希望に満ちた少年の横顔はとても凛々しく、キュリオとガーラントは視線を絡ませ小さく頷いた。
こうしてアレスは未来を担う魔導師の一員として大きな一歩を踏み出すのだった――。
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