不器用な彼氏 ~彼女に出会う前のお話~
始業時間まで残り30分を切ると、もぬけの殻だった社内も、続々と出社してくる社員達の活気に包まれる。
2Fフロアの隅にある、狭い喫煙ルームも、出勤後の始業前に、朝の一服をする喫煙者が、出たり入ったりで忙しない。混み始めた喫煙ルームを後にし、その隣にある自販機で、お気に入りのブラックコーヒーを買っていると、同じ係の東(あずま)が海成をみつけ、声をかけてくる。

『あれ?進藤さん、おはようございます・・・っていうか、早いですね!』
『ああ、昨日からいるからな』
『徹夜っすか?』
『まぁそんなとこだ』
『それは、お疲れ様です』

海成より2つ下の東は、見た目は育ちの良さそうなさわやか青年だが、どうも裏がありそうで、喰えない男だ。学生の頃は、かなりやんちゃしていたという噂も、あながち嘘ではないだろうと思う。
健康志向の東は、隣で野菜ジュースを購入すると、

『そういえば、櫻木さん今日からですね?』
『櫻木?』

聞き覚えの無い名前が東の口から出た。

『忘れたんですか?異動した緑川さんの代わりに来る、新しいTMですよ』

言われて、すっかり忘れていたことを思い出す。
先月の定期人事異動で、他の支店に異動になってしまったベテランTM(トータルマネージメント)の空きに来る社員が、長い研修を終え、今日から出社予定だった。
このTMという仕事は、大手ハウスメーカーである当社の中で、営業職よりハードで、知識はもちろん一般客から業者までを相手にする要の職であり、その厳しさから男性でも根を上げることが多い。そんな職に、今回初めて女性が志願したというので、彼女は上層部の期待を一身に背負ってやってくるのだろう。

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