副社長とふたり暮らし=愛育される日々
「瑞香!? どうして……」

「朔也さん、ごめんなさい!」


弾かれるように立ち上がった彼に、私はガバッと頭を下げた。


「話も聞かずに勝手に出て行って、連絡も無視しちゃって……。昔、私が沈丁花をあげたのが、朔也さんのお祖父さんだったってことにも気づかなくて」


今思えば、『父が笑った顔を久々に見ました。ありがとう』と言ってくれたのは社長だったのだ。彼の顔を覚えていれば気づけたかもしれないのに。

眉を下げて言った直後、朔也さんはさらに目を丸くし、とても驚いた様子で私を見つめる。


「なんで、そのことを?」

「ついさっき、朔也さんのインタビュー記事を見たんです」

「あぁ……見たのか、あれ。恥ずかしいから内緒にしとこうと思ってたのに」


くしゃりと髪に手を差し込み、俯きがちになる彼は、珍しく少し照れているように見える。

そのまま目線だけ私に向け、ふっと苦笑した。そして、ゆっくりと私に近づきながら、あの頃のこと話し始める。


「……母親もいなくて、親父も仕事でかまってくれない俺を、祖父さんは小さい頃からすごく可愛がってくれてた。それなのに、病気になって、消毒薬の匂いがする病室に閉じ込められたら、急に会いたくなくなった。
たぶん、怖かったんだよな。あの匂いを嗅ぐと、もう祖父さんが長くないってことを実感させられるから」

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