ネガティブ女子とヘタレ男子

膝立ちで胸に私の顔を埋めてくれる千秋ちゃんは、頭ひとつ高いところから微笑んだ。その微笑みはちょうどのぼってきた太陽を背にしていて、千秋ちゃんに白い羽根が生えたような錯覚に陥らせた。

(やっぱり、千秋ちゃんは可愛いな…。)

優しい笑顔にすがり付いた私は、千秋ちゃんの背に腕を回して、静かに制服を濡らしていった。

よしよしと頭を撫でる千秋ちゃん。

落ち着いてきた私は、少しずつ冷静になっていく頭で今の状況を見直して急いで千秋ちゃんから離れた。

(子供みたいに泣きついてしまった。)

恥ずかしさから顔を赤くすると、突然私が離れた事に脳がついていってなかった千秋ちゃんが我に返って「真っ赤っか。」と小さく笑っていた。

「可愛いね、さやたん。」

「か、可愛いのは…千秋ちゃんだよ。」

「私は可愛くなんてないよ。」

「可愛いよ。可愛くて、優しくて、強い。私の自慢の親友だから。」

「っ…さやたん!」

キャッキャとじゃれあえば、忘れかけていた美コンについて携帯が震える。差出人はもちろん"彼"だった。

「…千秋ちゃん、私ね…千秋ちゃん以外にもう一人、素直にならなくちゃいけない相手がいるの。」

千秋ちゃんから離れて携帯を握りしめる。立ち上がった私を、今度は千秋ちゃんが見上げていた。

「柊くんじゃなくて?」

「うん。」

「…そっか。」

「"彼"は、私が裏切ったって怒るかな。」

「んーん。きっと大丈夫。私の幼馴染みはね、意地悪だけど優しいよ。」

千秋ちゃんはきっと、分かっていた。彼からメッセージが来ることも、私が暮くんの気持ちを認めることを。

「行ってらっしゃい。」

「行ってきます。」

じゃなきゃ、こんなに嬉しそうな顔で見送ってくれる訳がない。

(千秋ちゃんには敵わないな…。)

屋上を離れ階段をかけ下りる。途中すれ違った人は、紙袋を手に王子様の格好をしていた。

(きっと千秋ちゃんも、彼の気持ちをいつか知る時が来る。その時までに彼はきっと、いや…もうすでに、決意しているのかな。)

トライアングルは、私の知らないところでグルグルと回る。角が増減しようが綺麗な円にはなれないけど、彼女達はきっとそのまま気にせず三人で手を繋いで回り続けるんだ。

ーーーそれが例え、私の知らない彼女達のお話だったとしても。

人気者の白雪姫は、悪い魔女から貰った毒リンゴを食べて深い眠りに落ちてしまう。そこにたまたま訪れた王子様が、愛に溢れたキスをしてまた白雪姫は目を覚ます事ができるのだ。

そんなお決まりのハッピーエンド。

だけど、白雪姫が毒リンゴを食べなければ?

魔女が白雪姫を愛していたら?

(物語は変わって新たなストーリーが待っているかも知れないじゃない。)

ネガティブな私が、はじめて信じたポジティブな始まり。優しい三人は、きっと大丈夫。そんな事を考えながらピョンピョンと階段を下る足は、羽根が生えているように軽かった。



「どうだった、風深さんは。」

「やっと気付いたよ。…さやたん、柊くんが好きって可愛く笑えてた。」

「チィも笑えたか?」

「千秋は笑えるよ。だって、千秋は皆が大好きだもん。だから、皆に幸せになってほしい。」

「おう、そうだな。俺からすると、お前もだけどな。」

「わわっ、ちょっ!てんちゃんいきなり投げつけないで!危ないでしょっ!」

「お前さっきから口調が戻ってるよ、いいの?」

「むぅ…またそうやって話そらして…。うん、いいの。天だから。」

「何それ…勘違いしちゃいマスヨ?」

「ふふっ、お好きにどーぞっ。」

「っ、なんだよお前…気付いてたのか。」

「さてはてー?千秋にはなんの事だかさっぱりですねー?」

「ったく、ほんとお前には敵わねえな…ほら、行くぞ。俺達の出番はまだ終わってねえんだから。」

「うん、行こう。ネガティブちゃんと、」

「ヘタレ野郎の為に。」



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