落ち葉を踏んで


2日後、私たちは約束通り公園で再会した。

お返しのコーヒーと 「軽食です」 と渡したサンドイッチを、浅野さんは喜んで受け取った。

男性の年齢をあてるのは得意ではないけれど、私より3.4歳上ではないかとの予想は正しかった。

『金の缶コーヒー』 を見ながら、これが発売された時、社会人一年生だったと彼が言ったのだ。



「そうそう、有名な俳優さんを使ったコマーシャル、覚えてます。

わたし、成人式でした。振袖の腰に手をあてて飲んで、友達に ”おじさんみたい” って言われたんですよ」


「うん、コーヒーを飲むときは、腰に手を当てて飲むよね。

レイナさんのポーズは正しいと思う」


「そうでしょう、そうですよね」



浅野さんは、すべてをまず肯定で受け止める。

聞き上手ということもあるけれど、言葉が少ないわけではなく、自分の意見も口にする。



「でも、振袖で腰に手って、想像したら……くくっ、ごめん」


「いいですよ、思う存分想像して笑ってください」



そして、案外笑い上戸だったりもする。

笑いながらの楽しい昼食が終わりに近づいたころ、落ち葉を蹴散らす音に気がついた。

音の方向へ顔を向けた私は、視界に入った姿に気分が下降した。

宮野君が、舞い落ちた葉っぱを蹴り上げながら、こちらに向かって歩いてくるのが見えたのだ。

ここで会いたくない。

とっさに、浅野さんの体の影に身を隠した。



「どうしたの?」


「会いたくない人がいたので」


「あの人?」



顔を少しだけ動かし、浅野さんの目が宮野君をとらえた。



「飲みに行こうって誘われてて。でも、苦手な人がいるので断ったんですけど、なんだか気まずくて」



会うのは二度目なのに、私も浅野さんも一昨日のようにかしこまってはいない。

ほどよく力が抜けた会話ができていた。

浅野さんが、顔を近づけて小声でささやいた。



「顔をあげて。隠れなくていいから」


「えっ?」



見上げた先には、浅野さんの穏やかな笑みがあった。

そして、おもむろに大きな声を出した。



「レイナ、今夜、ご飯食べに行こうか」


「えっ、あの」



いきなり名前を呼ばれて戸惑う私の背中を、浅野さんはポンポンと叩いて返事を促した。

あっ、そうか、宮野君に聞こえるように言ってくれたんだ。



「そっ、そうですね。いきましょう」



私のぎこちない返事は宮野君に聞こえたらしい。

くるっと向きを変えた宮野君は、落ち葉をガサガサ言わせながら全力で走り去り、その背中はあっという間に見えなくなった。



「はぁ……ありがとうございました」



どういたしまして、と言われるだろうと思っていたのだが、浅野さんから返ってきた言葉はまたも意外なものだった。



「友人がやってる店があるんです。今夜、行きませんか」


「はっ?」


「和食だけど、苦手でなければ」


「大好きです。いきます」


「今日、夕方6時に、ここで待ち合わせでいい?」


「6時ですね、大丈夫です」



浅野さんの誘いを断る理由はなかった。

宮野君たちと出かけるより、ずっと有意義な時間がすごせるはず。

じゃぁ、あとで……と浅野さんと別れて、私は半分飛び跳ねながら会社までの道を歩いた。

無愛想な宮野君の顔も、重箱の隅をつつくような課長の小言も、まったく気にならなかった。

この日から、浅野さんは、「私へ元気をもたらす人」 になった。


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