流れ星はバニラの香り
 二組はそれぞれ違う階で降りていった。その度に、乗り合わせたスタッフが丁寧な所作で見送っている。背の高い、細身な体型。顔は、悪くない。なんて、特にすることもない私はそのスタッフの男性を観察してしまう。
 高層階の部屋なんかに泊まるから、エレベーターの時間が長い。どうやらその男性スタッフも、まだ乗っているらしい。無言の、空間に、ビニールのかさかさとした音が響いた。
「今日は、流れ星が見えるそうですよ」
 会話は唐突に始まった。一瞬反応の遅れた耳が、ことばをひろい直して私を動かす。
「そうなんですか」
「ええ、流星群がきているそうです。今夜はよく晴れていますし、お部屋から見えるかもしれませんね」
 とげのない、やわらかな声。失礼にならない程度に私に顔を向けて、ほんのり笑って見せる。
「夜景が眩しすぎて、星なんて見えないかもね」
 対して私の声にはとげがありすぎだった。サービスで添えられた会話に、こんな答えなんていらなかっただろう。流星群の日に重ねてホテルを予約したのかもしれない、と一瞬考えたせいだ。一彦が脳裏にちらついてしまう。
「どうでしょうか。案外、部屋を暗くしたら空が近いかもしれません」
 ただ彼は、トーンも表情も変えずに会話を続けてくれた。その対応には感謝する。まったく、サービス業はたいへんだこと、と感心してから、乾いた笑いが出てしまった。
「もし空に星が見えなくても」
 そろそろ部屋の階に着く、と思っていたらまだ会話が続いていた。
「地上にも、星は流れていますよ」
「え?」
 どういうこと、と聞き返そうとしたと同時に、エレベーターが到着の音を鳴らしてくれた。彼は前の二組にしたように、私にも丁寧なおじぎと挨拶を添えて、見送ってくれる。仕事だとはわかっていても、そのやさしい笑顔がなぜか急激にせつなくなる。
 かといって、なにか起こるわけでもない。彼はホテルのスタッフで仕事中。対して私は、恋人に振られたばかりの惨めな女。ドラマや映画なら、ここでちょっとした展開があるのかもしれない。けれどこれは現実。私は惨めなまま。バニラアイスを入れた、コンビニのビニール袋をぶらさげている、女のまま。まあそもそも、仕事中の人間かここでプライベートなことをかましたら、私ならその頬ひっぱたいてるだろう。馬鹿にしてんじゃねえよ、てめえ仕事中だろって。
 そんなんだから、振られるんだろうか。
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