不器用な彼氏
『女…ね』

畳の部屋にある長机の上座に座って、静かに食事をとっていた、更衣室の重鎮、翔子さんが、ポツリとつぶやく。

『女が彼を変えたのよ、間違いないわね』
『まさか、あの進藤さんが?』
『あの人、女で変わる感じ、しなくない?』
『っていうか、進藤さんって彼女いたの?その方が驚きだよ~』

みんな口々に好き勝手なことを言う。まさか、その渦中の“彼女”が目の前にいるとも知らずに…。
動揺がばれてはまずいと、私はあえて会話には加わらず、傍観に徹することを決め込む。

『彼みたいな男性こそ、女性で変わるものよ』

20代で同じ歳の同僚と早々に結婚して、既に10年経つ翔子さんの放つ言葉の説得力は、凄まじい威力がある。

思わずみんなが納得する気配が漂うのと同時に、

『ねぇ、菜緒ちゃんもそう思わない?』

唐突に問われ、ドキリとする。よく考えれば、同じ三十代の大人女子として、同意を求めたに過ぎなかったのかもしれない。

それでも、真っすぐに見つめるその視線に、何かを見透かされているようで、思わず視線をそらすと、

『さぁ…どうかなぁ』

曖昧な返事を返す。翔子さんは、それ以上追及することはなく、ただフッと微笑むと、

『彼女、よほど魅力的な女性なのね、きっと』

断定したように言い、結果的にそのセリフに反応して、更衣室内は、そこから“進藤さんの彼女像談義”が始まった。

幸い…と言っていいのか、そこで出された、どの女性像も、私からはかけ離れていて、自分に結び付く情報は、何一つ出なかったものの、

“進藤さんには、とても魅力的な彼女がいて、その女性が彼を変えた”

という、とんでもない仮設の認識が、女性社員内に密かに浸透してしまい、まずますバレるわけにはいかなくなった。

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