不器用な彼氏

ひとしきり落ち着いてカウンターの向きに座りなおすと、彼女と向かい合わせになって、本来の仕事である書類をチェックしていると、突然手元に黒い影が差した…と思ったら、左斜め後ろのデスクにいたはずの進藤さんが、向かいに座る彼女にスッと、何かを差し出していた。

無愛想に『返さなくていいから』と一言。

彼女も受け取ったものの、若干面食らっている様子。手渡されたものを見ると、紳士物のハンカチに包まれたケーキなどを買うと付いてくる、小さな保冷剤。

あまりに唐突だったので、おもわずポカンとしてる彼女の代わりに、『ありがとうございます!』と声をかける。
ワンテンポ遅れて、彼女が『あ、ありがとうござます』と消え入るようなに発したお礼の声は、おそらく聞こえていないだろう。

既に自分のデスクに座り、いつものように大きな背を向けて、仕事に没頭している。

『あのぅ・・・良いのでしょうか?』

彼女が恐縮しているので、『ありがたく、いただいておこう』と、微笑みながら、なるべく身体が冷えるようにと、首の後ろや手首を冷やすと良いかもと、付け加える。

彼女は黙ってうなずくと、私が書類のチェックをしている間、素直に進藤さんからもらった保冷材で、身体を冷やし始めた。

正直、彼女の持ってきた書類は、完璧とは言い難かった。
営業担当との連絡がうまくとれていなかったのか、書類の不備や書面上に記載されていなければならないものがいくつも抜けていた。

それでも、東京からわざわざ来ているだけに、できるだけ受け取ってあげたい気持ちもあり、数か所ある書類の修正をお願いすると、まだ痺れている左手で右手の手首を抑えながら、一生懸命手直しをしてくれる。

右側のカウンターでは、東君が、“受け取らずに、もう一度持って来させたら?”とジェスチャーするが、敢えて気付かないふりをした。

この仕事を初めて4か月。まだまだ東君のサポートがなければ、業務は難しいけれど、基本的に担当ごとに『個』で行うTM。そろそろ自分の判断で対応しても良い頃だろう。

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