不器用な彼氏

『まだわかりませんけど・・・たぶん』
『オイオイ、大丈夫かよ?』
『・・・どうでしょう?・・・大丈夫じゃないかもしれません』

総合職で入社したものの、スキルアップで気まぐれに受けた技術職の試験に受かり、本来定石でいけば、設計部門に配属なのだけれど、自分の性格的に一日中パソコンで作業するなんて、耐えられるはずもなく、そこを避けるために、この際、誰もが倦厭する“TM”に志願してしまったのだ。

おかげ様で、希望通り設計部門への異動は避けられた代わりに、営業が契約してきたお客様の様々な相談に対応し、更に各関係業者との打ち合わせ等を一手に取り仕切る、わが社の中でも、最も重要なポジション(通称TM)の重圧に、内心かなりビビッていた。

『大丈夫だよ。櫻木さんならできる!』
『ナベさんにそう言ってもらえると、心強いです』

我が支店のTMの大ボス、“ナベさん”こと渡辺さんに、笑顔で断言していただき、気休めでもそう言ってもらえるだけで、安堵感があるから不思議だ。

『それより、あれだな。仕事なんかより、次のとこで、いい男でも見つけなきゃな』
『そうそう!そっちの方が心配だぞ』

周りにいたTMのオジサマ方に次々に心配され

『う・・・頑張ります』

一昔前だったらセクハラと騒いでいたかもしれないが、うちのTMは父親世代が多いために、おそらく娘のように思ってくださっているのだろう。本気で心配してくださってるのがわかるだけに、ありがたいやら悲しいやら・・・。

いや、既に30のオーダーにのっている私に、こう言ってくださるのは、むしろありがたいと思わなければならないのだろう。

もちろん、この年まで何も無かったわけではない。

ただ、最後にお付き合いしていた彼とは、4年も前に別れたきり。
京都出身の彼とは、5年もの長い間一緒にいたのに、結局、結婚には至らなかった。

本当に、優しい良い人だったけれど、最初から最後まで、なんとなく好きという感情が高ぶることも無く、このまま一緒にいても生涯を添い遂げたいと思うような愛情も生まれてこない気がして、私から別れをきりだしたのだ。周りの友人には『贅沢な!』と叱られたけれど、後悔はしていない。

彼には、本当に彼を好きな人と結婚してほしいし。
…なんて、結局のところ、あれから浮いた噂話一つ無く、今日に至っているのだから、偉そうなこと言えないけれど。

日が落ち、いよいよこの職場で過ごす時間も、残り少なくなってきた夕暮れ時。
6年間見慣れた窓の外の景色を一瞥し、小さくため息をつく。

“いい男かぁ・・・”

乱雑に押し込められていた机の中のものを、ダンボールに詰めながら、来週から通う、新しい職場に想いを馳せる。
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