不器用な彼氏
第7話 オフィスラブ
業務の終業時刻を知らせるチャイムが軽快な音を奏でた数分後、その音を待っていましたとばかりに、各々帰り支度をした社員が、次々に退社していく。

『じゃ進藤、お疲れ!たまには下、降りて来いよ。な!』

彼の前に座るベテランTMの“直さん”が、明日から業務の変わる彼に“気をはりすぎんなよ”という気持ちを込め、あえていつもと変わりなく、サラッと声をかけて去っていく。

やっぱり今日が、ここでの最後の業務だからだろうか?

その後も、普段は終業チャイムと同時に去ってく面々まで、次々にやってきては、引っ越しの準備をする彼に、ねぎらいの声をかけていく。

『ったく、たかだか一階上に異動するだけだっつーのに、めんどくせぇ』

真後ろに座っている彼は、相も変わらず、心にもない大きな独り言を発している。私は、その声を聴きながら、”本当は嬉しいくせに…”と、心の中でつぶやいた。

終業定時を1時間をを経過する頃には、執務室の中には数名の社員がパラパラと残っているだけになる。さりげなく後ろを振り返ると、彼の机の上はだいぶ片付いていて、今は来訪者を対応するためのカウンター下にある書類を、黙々と片づけている。

私がココに異動してきてから、旧社屋と新社屋と共に、ずっと彼とは背中合わせの机。その横にある来訪者応対用のカウンターは、真ん中に小さな通路はあるものの隣同士。

実際、仕事中は、互いにカウンターに向かうことも多く、そんなすぐ隣に彼を感じることができるというシチュエーションは、仕事中のひそかな楽しみでもあった。

ちらりと彼の姿を確認すると、真横にあるカウンターの方に体の向きを変え、小さな通路を挟む形にはなるが、横並びになる。頭には全く入っていないが、自分の業務書類に目を通しながら、

“明日からは、後ろを向いても横を向いても、カイ君はいないのね…”

なんて、感傷にふける。
< 51 / 266 >

この作品をシェア

pagetop